第21章 緋色の夢 〔Ⅵ〕
「うそ! ここまで来て入れないの!? 」
なんとか開かないかと、扉に直接、手を置いて押してみたとたん、白い扉の表面によくわからない文字の羅列が現れた。
読めない文字が光って何かを記している。文字には見覚えがあった。
── トラン語?
勉強途中の言語は、まだよくわかっていなくて上手く読めない。
「……『て』、いや『み』かな? 『み…………を……せ』? 」
『立ち去れ、と書かれています』
頭にまた声が聞こえた。低い男のものと思われる声は、さっきと同じだ。
後ろを振り返って見たが、誰もいない。辺りに今のところ人の気配はないのに、声がするなんておかしい。
「誰、なの? 」
『わかれば、お帰りいただけますか? 』
頭に響く声は方向性が定まらない。
「わかったわ、帰るわよ。もう今日は進めそうにないし……」
見渡してもわからない声に、ハイリアは苛立ちながら言った。
『お約束くださいね。我が王よ』
声が響いて、マゴイが揺れ動かされる感覚がした。
右手に渦巻くマゴイの流れを確かめるように、手首にはまる銀の金属器を見ると、描かれている八芒星の中央に蛇のような金色の瞳が現れていた。
ギョロリとこちらを動き見てきた瞳に、息をのむ。
迷宮の夢の中で出会った、半分が獅子で、半分が大蛇のようでもあったジンの姿が、脳裏に浮かび、戸惑いながらもハイリアは名前を口にした。
「アイム……なの? 」
『いかにも。身勝手な行動とは思いましたが、我が王が無茶なことをなされているようだったので……。じきに人が来るかもしれません、お戻りください』
アイムはそれだけ言って、金属器から姿を消した。
まさか、ジンが自ら直接話しかけてくるなんて思わなかったから驚いた。
扉へと視線を戻すと、いつの間にか白い扉に浮かんでいたトラン語の文字は消えていた。