第20章 緋色の夢 〔Ⅴ〕
誰もいない書簡庫の中で、ハイリアは届いた書簡に目を通し、印を押していた。
返送する書簡と、保管するものを分けながら、無心になって手を動かしているつもりなのに、いつまでたっても落ち着かない感じが抜けない。
さきほどの稽古も、あの後は全く集中できなくて、結局、早々に切り上げさせてもらった。
気を反らすために始めた書類整理も進みが悪い。
意識を逸らすように簡単な書簡の内容を頭にたたき込んでいるのに、それさえも頭に入ってこなくて、苛立った気持ちが印章を持つ手に力を入れさせた。
ガンッと机に音を鳴らして押された朱印は、綺麗に押されずに乱れて欠けていた。
いつもはしないようなミスに、さらにイライラが募って、ハイリアは印章を置くと机を拳で殴り叩いた。
握りしめた拳に痛みが走ったが、胸のわだかまりは消えない。
抱いた疑念は今も散らずに残ったままだ。
考えたくないことが、さっきから何度も、何度も頭の中で繰り返されている。
飛び交う黒いルフの姿が脳裏にちらついて消えない。
ジュダルの側に飛び交い、その従者たちが宿し、皇后さえが身にまとう闇のようなルフ。
宮廷にこんなにも黒いルフが、はびこっているのはなぜだ。
『銀行屋』を信用するなと言った紅炎の言葉が頭をよぎり、この国の異常さに気づいていないと言った白龍の言葉が渦巻いて、胸の中を締め付けた。
黒いルフをまとうのは、あの組織の者だけではなかったのか。
紅炎が深追いするなと言ったのは、このことを知っていたからなのだろうか。
宮廷を二分しているように感じていたあの黒は、思っていたよりもずっと深い闇に覆われているようで恐くなる。
漆黒を引きずり歩く『銀行屋』とジュダルの姿が脳裏をよぎり、そこに皇后の姿が重なり合った。
あの闇のようなルフの正体はいったい何なのだ。
どうしてこんなに国の中枢にまで巣くっているのだろう。
なぜ『マギ』であるジュダルが、その中に関わっているのだ。
なんで、故郷を滅ぼしたあの人が、同じルフを宿しているのだ。