第20章 緋色の夢 〔Ⅴ〕
睨み合いお互いの隙を見合わせていたその時、急に稽古場内が、妙にざわざわと騒がしくなった。
明らかに異変を感じる空気に、構えていた剣を互いに下ろして場内を見渡せば、慌てふためく兵士や武官たちが、突然、端の方から膝をついて敬礼し始めたのが見えた。
―― なに? どうしたの?
宮廷の方に向かって、次々と敬礼をし始めた異様な光景に戸惑いながら、皆が体を向ける方を見れば、誰かがこちらに向かって歩いてきていた。
連れの女官たちを引き連れながら、こちらにやってきているのは女性だった。
上質な着物から高位の者だと気づいたが、それが誰だかわからずに立ち尽くしていると、青舜に慌てて腕を掴まれた。
「ハイリア殿、敬礼を! あれは皇后の玉艶様です! 」
「え……!? あの方が?! 」
顔も見たことがなかったからわからなかった。慌てて金属器を治めると、膝をついて腕を構え、皆と同じように敬礼をした。
皇后は、確か前皇帝の妃でもあったはずだ。前皇帝の亡き後に、今の皇帝に嫁がれたとか。
前皇帝時代から権力を握るような偉い人が、なぜわざわざ武人の稽古場になんてやってきたのだろうか。
頭をなるべく低くしながら視線を下に向けていると、なぜかその人はすぐ目の前まで歩み寄ってきたから驚いた。
何か粗相をしただろうかと緊張をする中、滑らかな絹で織られた美しい着物の裾だけが視界に見えていた。
「青舜、白瑛はいないのですか? 」
「はい、皇后様。姫君は軍事会議の方へ行かれております」
「そう……、残念ね。せっかく久しぶりに顔を見てみようと思ったのに……」
隣で膝をつく青舜と話す声を聞きながら、そういえば、皇后が白瑛と白龍の母君でもあったことを思い出し、ここに来た理由がようやく理解できたから、少し気持ちが和らいでいった。
「そちらの子は、初めて見るわね。何というお名前なのかしら? 」
突然、声を掛けられたからドキリとした。
困って視線を下に向けたまま、隣の青舜の様子を伺うと、黙って頷かれた。話せということらしい。