第20章 緋色の夢 〔Ⅴ〕
白い寝衣を着こんでいるジュダルの背中を真っ黒なルフがいくつか飛び交って、髪を結う手元を通り過ぎていったから、自然と視線がそちらへ向いた。
黒い残像が、じんわりと胸を締め付けた。
この国でよく見る漆黒のルフは、ジュダルにまとわりつくみたいに、ふわふわと彼の周りを飛び交って、彼に入っては消えたり、また出てきては彼に寄ってくる白いルフを弾いたりしていた。
ジュダルから離れようとはしない、この黒いルフが見えていることは誰にも話していない。
当然、髪を結ってあげている本人にも、自分にルフが見えることを打ちあけてはいない。
隠してきたのは、幼い頃から祖母に人前ではそうするように、教えられて育ったからだろうか。
それとも、ジュダルにルフが見えていることを話して、漆黒のルフのことを知ってしまうのが、恐かったからなのだろうか。
この黒いルフが、幼い頃から見てきたルフのどれとも違う異質なものだということは、前々から気づいてはいた。
黒いルフは、白いルフのように自由に飛んではいかない。
まるで何かの意思に従って動いているかのように、黒いルフを宿す者の中から湧き上がり、巻き付くように渦巻いて、その側から離れようとしないのだ。
白いルフは自分に寄ってくることがあっても、黒いルフが寄ってくることはない。
怒りや恨みで黒く濁ることがある白いルフとも違い、決して色落ちることはなく、常にその色は闇のように漆黒だ。
きっと白いルフとは、まったくの別物なのだろう。
その異質な黒いルフを宿す、宮廷の中枢にまで関わる、『銀行屋』と呼ばれる組織と、『マギ』。
なぜ彼らだけが、闇のような黒いルフを宿しているのだろうか。
―― ジュダルに聞けば、答えてくれるのだろうか……。
思いながら、心は揺らめいていた。なんとなく恐いような気持ちがあるのだ。
宮廷の暗がりを知る羽目になるかもしれないからだろうか。知りたいと思う反面、不安になる。
漆黒のルフがもつ、深い闇に触れてしまったら、呑み込まれて戻れなくなるような気がしてしまう。