第2章 白夜
「第一これから全国制覇しよかっていうとんのに、そんなモンにうつつを抜かしとう暇ないやろ」
厳しく言い聞かせようと発せられた声は、心臓に冷や水をかけるようにして放たれた。
試合で誰かがミスをして、あまつさえそれが原因で負けた時でさえそんな言い方はしない。
白石の言葉に、かけられた冷や水が氷になる勢いで部室の温度がどんどん下がっていく。
しかし、流石にそこまで強い口調で言うつもりはなかったのだろう。
正面に向かい合う謙也たちの表情を見渡して、ハッとした表情で口元を抑えた。
慌てていつもの笑顔を貼り付けてロッカーの自分の鞄に両手を突っ込む。
「まぁ、ホラ! 敢えて言うたら俺の恋人はコレやっちゅうことや」
と、両手に抱えたテニスラケットをこちらに見せて笑いかけてくる。
それを愛おしげに抱きしめて、まるで本物の恋人のように 優しく撫でるのを見てようやく「気持ち悪いわ!」と、周りがポツポツ、ツッコミを始めた。
そこから、ごく自然な流れで部室を出て行ったり、着替えの続きを始めたりする。
財前も例に漏れず、既にテニスウェアに着替えた謙也のあとに続いて、部室の一歩外に出た。
ドアを閉める直前、白苛立ちと後悔がない交ぜになったような顔で佇む白石を、視界の箸に捉える。
―第一これから全国制覇しよかっていうとんのに、そんなモンにうつつを抜かしとう暇ないやろ
あの言葉は、結局誰に言い聞かせたい言葉やったんやろ
ほんの数秒だけ思考を巡らせてみたが、いくら考えたところで答えなんて出ないので止めた。