第2章 白夜
分かりやすく取り乱した白石が、騒がしい音を立てて出て行った。
一人取り残された財前は、彼が閉めて行ったドアを眺めてから深くため息をつく。
(何かはしたんやな)
けれど、小夜の方に変わった様子はないあたり、大したことではないのだろうなと思い直す。
尤も、自分の長を務める彼は、(連絡事項があれば別だが)自分から女子に声を掛けることにも掛けられることも苦手としている男だから、その辺りは心配していない。
強いて心配するなら、顧問に呼ばれていたと嘘を吐いてまでこの場を離脱した白石が朝練開始までには戻ってくるのかどうか、だ。
まぁ、それも杞憂なんやろな…。
心の中で呟きながらリストバンドを一つ腕にはめて、二つ目を手に取ったその時だ。
ズダダダダ!
と、凄まじい足音と同時に、バァン! と爆発したみたいな音を立てて部室に入ってくる奴が現れたのだ。
頭に該当人物を思い浮かべながらドアの方を振り返ると、案の定。
ゼェゼェと言いながら肩で息をする謙也が、入口の前に立っていた。
「おはようさん財前…! 今、白石居る?」
「いや…オサムちゃんに呼ばれた言うて出て行きましたけど」
身体的には疲労困憊の筈なのに、宝物の地図を見つけた幼児みたいにキラキラした顔の謙也にそう伝えると、小さく「よっしゃ」と嬉しそうな声を上げる。
そして、妙に真剣な面持ちで財前に向き合うのだ。
「財前、驚かんと聞いてくれるか」
「はぁ…まぁ、謙也さんの発言は突飛なんでいっつも驚かされますけど」
「うっさいわ!」
軽くツッコミを入れてから周囲をキョロキョロ見渡したかと思うと、財前に顔を近づけ声をワントーン落としてこう言った。
「あんな…何か最近、めっちゃ女子と仲エエねん。好きなんかもしれへん」