第1章 朧月夜
常にドンチャン騒ぎが繰り広げられるこの学校でも、静かな場所の一つや二つはある。
白石は、友達の平川くんの擦りむいた膝にガーゼを当ててやっていた。
「いでで…美人先生に手当して欲しかったのに」
「会議中で居らんねんからしゃーないやろ。俺で我慢しとき」
ガーゼをテープで固定してパンッ! と音を立てて叩いてやると「アウチッ!」なんて、お前は外人かとツッコミを入れたくなる悲鳴があがる。
「くっそー! 今度は先生に手当してもらうからなーっ!」
「もう怪我せんときやー」
しょうもない誓いを宣言して去っていく平川くん。
後ろ姿を見送ってから、白石はこの日何度目かになる溜息を吐いた。
時計を見上げると、昼休みの時間を指している。
あれから加害者も被害者も、教室全体は何事もなかったかのように時間を進めていた。
それなのに傍観者の白石だけが、いつまでも数学の自習時間から動けない。
頭の中で、周囲の笑い声や囁き声、彼女の顔や声が、延々と繰り返し再生されている。
彼女にとっては不幸な出来事でしかないが、それがきっかけで彼女と直接コンタクトを取ることには成功した。
なのに、気になることが余計に増える結果になってしまった。
上品な猫のような目を見てみても、薄い唇から出る言葉を聞いても、分かるには至らなかったのだ。
喜怒哀楽が分かりにくい。彼女の口から出てくる言葉だって、判断するには少なすぎる。
―聞いた、今の?
―『余計なお世話』って意味やんな?
鼓膜の奥にこびりついた声。確かに、そう思わないことはない。
事実だけ述べると、『いじめられていた子に助太刀したら、その子に「放っておいてくれ」と言われた』だ。
ほんのちょびっとだけど、「折角助けたったのに」なんて気持ちはある。
けれど、周りの人間たちのように「性悪女」と決め付けるには、何かが引っかかる。