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【テニスの王子様】白のコルチカム

第1章 朧月夜


「…って、そんな訳ないやないかーーい!!」

 クラスの皆をあっという間に笑いの渦に叩き込んだその渾身のギャグを、私はどうしても笑うことが出来なかった。

 オチがこうなることは分かっていたし、「こういう扱いは初めてやったっけ」なんて、冷静に頭を働かせる自分もいる。
 けれど、例えわかりきった嘘でも、人に「好き」と言われるのは嬉しかったから。
 否定された途端に足元に穴があいて、そこから真っ逆さまに落ちていくような絶望感には抗いきれなかった。
 
落ち着いて、私。大丈夫やろ? こんなん、今に始まったことちゃうやんか

 平然としていなくては。何事もなかったかのようにしていないと、また笑われてしまう。
 頭では分かっていても、足から力が抜けて小刻みに震えだす。両手を机についていないと今にもヘナヘナと座り込みそうだ。

「えっ…アレ、落ち込んどんちゃう?」
「キャハハハハ! キモーい!」
「ホンマに告白でもされると思っとん? どんだけ自意識過剰やねん」

 その笑顔が、その笑い声が怖かった。
 いびつに歪んで、禍々しい邪気を孕んでいるかのようなあの空気に晒されていると、手足から急速に血が引いていくような感覚がする。

「誰がお前なんか好きになるかっちゅーねん!」

 そんな言葉が耳を…いや、胸を深々と刺す頃には手からも力が抜けていきそうになっていた。
 誰かに刺されて死ぬ人間は死にゆく瞬間、こんな感覚なのだろうか。
 全身は凍えそうなほど寒いのに胸の一部分だけが熱くて痛くて、景色も音も、段々フェードアウトしていって全てが真っ暗になっていくような、そんな感覚。
 大きな波のように私の全てを飲み込んでくるそれに、沈んでしまいそうになったその時だった。

「なぁなぁ! 今の一発芸ってどこでわろたらええん?」

 その時、教室中に響いた清涼感の声が、それまでこの部屋を支配していた重苦しい空気を一掃した。
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