第1章 朧月夜
空中で、縫い付けられたように絡み合う二人の視線は、永遠にこのままなのではないかと錯覚さえ起こさせる。
だが、その永遠のような時間を終わりにしたのは「でも」と呟いた、高野小夜の方だった。
「でも…次、また同じ事があった時は、そん時は無視してくれてもええから」
今度は「えっ」なんて間抜けた声を出す余裕も無かった。
受けたショックと比例するようにして、目の前の彼女以外の全ての色が急激に褪せていく。
「助けてくれんくても…大丈夫やから」
俯いたまま、追い討ちと言わんばかりに、彼女はそう告げた。
ただただ立ち尽くす白石に、会釈だけ残して教卓へ向かう彼女の後ろ姿。
右手で胸元をクシャッと掴むと、まるで肌触りの良い柔らかなタオルが頬を打つような感覚に襲われる。
決して痛くはないけれど、叩かれたという事実に対する ショックがいつまでも頭に残るような、そんな感覚。
そうしていると、前方からやって来た女子の塊が白石の脇を通り過ぎた。
「聞いた? 今の」
「聞いた聞いた。『余計なお世話』って意味やんな?」
「何で折角庇ってくれた人に対してもあんな感じ悪いん? 頭おかしいやろ」
「白石くん可哀想~」
ささやき声と言うには、些か音量の大きい声。
聞こえてないかと教卓の高野小夜の方に目を向けるが、その彼女は前の扉から教室を出て行くところだった。
聞こえていない様子を見て、安堵のため息をついていると背後に視線を感じる。
チラリと見やれば、つい数分前に言い負かした森くんが何か言いたそうにこちらを睨んでいるではないか。
目が合うなり怒気孕んだオーラを一層強めて口を開きかけたが、その言葉は謙也の「白石ィー!」という声に遮られる。
何だと言わんばかりに振り返ると「あの、アレ…せ、先生呼んどるで!」と、歯切れの悪い口調で謙也は言った。
よう言うわ。お前、先生となんか喋ってへんかったやんけ
元々よく通る謙也の声に森くんが怯んだ隙を逃さず、親友の気遣いを噛み締めながら「今行くわ」と、教室を出た。