第35章 誘拐未遂事件/安室
(誘拐未遂事件)
『本…にあの人であっ…るんだ…うな』
『あ…間違…ない。……号室の…だ』
『…解。…行は明日……時、帰宅…に』
「安室さん?顔怖いですよ、どうかしました?」
梓さんから声をかけられてハッと我に返った。
何でもないんです、とその場では笑って誤魔化したが、昨晩聞いてしまった会話が頭から離れない。
さくらさんのマンションのエントランスに仕掛けてある盗聴器が拾った会話。
元々は彼女と、たまに訪れるジンの動向を探るために付けていたものだった。
これまで一度として役に立っていなかったそれが昨日、知らぬ男性の声でさくらさんの部屋番号を呟いたのを拾ったのだ。
あまり電波状況のよくない中聞き取れたのは明日の(つまりは今日なのだが)帰宅時にさくらさんの身が危ないらしいということ。
変更になっていなければ今日の彼女のシフトは日勤だったはず、つまりは午後6時過ぎに病院を出るのだろう。
昨晩から悩んでいた。彼女にこの事を教えるか否か、手助けをすべきか否か。
彼女のことは人として好きだ。何度か世話にもなっている。彼女の身に降りかかる火の粉は払ってやりたいと思うのは自然なことだった。
しかし組織のこともある。FBIやCIAが彼女を狙っている可能性も否定出来ない。そうだった場合、僕が手を出すことで問題がややこしくなるのは必至だ。
ちらりと 時計を見ると短針がもうじき5にかかろうとしている。
幾通りかのシミュレーションを重ねた結果、弾き出された答えは是。
「梓さん、すみませんが急用を思い出してしまって…5時で早退させて下さい!」
そう叫ぶとポアロを飛び出した。