第2章 Last smile【月島蛍】
あらかじめ考えておいた言い訳に、みなみは一瞬だけ戸惑った顔をしたけど、すぐにいつもの笑顔を作る。
「…見送り、わざわざありがとね。蛍は来てくれないんじゃないかと思ってたから、ビックリしちゃった」
「何それ、せっかく人が来たってのにさ…」
「あと…」そう付け加えて、僕は続ける。
「別にこの間君が言ったこと気にしてる訳じゃないから」
「え…?」
「僕の方こそ、その…深く考えずに無神経なこと言ったと思う…」
みなみはポカンとした顔で僕を見つめ、それから白い歯を見せて笑った。
「大丈夫!気にしてないからっ!」
そう言ったみなみの声に続いて、電車到着のアナウンスが鳴る。慌てて時計を確認し、みなみが言った。
「あ、そろそろ時間だから行かなきゃ…じゃあね!」
「ん…じゃあ」
「あ…!そうだっ…!」
背中を向けて歩き出したみなみが急に立ち止まった。僕を振り返り、神妙な顔をする。
「…なに?まさか忘れ物したとか言わないよね」
「大事なこと忘れてた…!蛍、耳貸して!」
「は…?」
「いいから、いいから!」
そう言って手招きされ、僕は彼女の前で少しだけ屈んだ。
…と、みなみは背伸びをして僕の首に腕を回した。強引に引き寄せられ、そのまま唇が重なる。
そっと触れた、柔らかい感触。
目の前に彼女の長い睫毛。
身体が離れると同時に、
甘い香りが鼻をかすめた。
一瞬、思考が止まる。
我に返るより先に口が動いた。
「バッ…」
「…ば?」
「…バッカじゃないの!!?」
えへへ、と笑いながら、みなみは鼻の頭を掻く。
「だって蛍、身長高いから届かないんだもん」
「そうじゃなくてっ…」
「じゃーねっ!」
「ちょっと…!」
みなみはそう言って、振り向くことさえしないまま走り去った。改札を通り抜けると、僕らの間を遮るようにバーが閉じる。
そうして彼女は、まるでつむじ風みたいに、あっという間に僕の前から消えていなくなってしまった。