第2章 Last smile【月島蛍】
その日も、いつもと変わらない朝のはずだった。空いてもいない腹に朝食を押し込み、代わり映えのしないニュースを見ながら歯を磨き、制服に着替えて家を出る。
待ち合わせの時間を10分近く過ぎていたから、いつものように不機嫌な顔をされると思ってた。けど、門の前で待っていたみなみは、僕を見るなり泣きそうな顔で、力無く笑った。
泣き腫らしたのか、両瞼が赤い。疲れの滲んだその表情を見て、僕は思わずぎょっとした。
「…蛍、おはよ」
「……なに?何かあったの?こっちまで調子狂うんだけど」
「ちょっとね…。とりあえず、歩きながら話そう?」
トボトボと歩き始めたみなみを追う。普段なら放っておいても勝手に喋り続けるくせに、今日はうつむいたままずっと口をつぐんでいる。
こんな時、なんて声を掛ければいいのか、気の利いた言葉を僕は知らない。黙って歩くみなみを、僕はただ二、三歩離れて付いて歩いた。
前を行く背中が、
いつもより一回り小さく見える。
このままだと風に飛ばされて、
何処かで消えて無くなりそうに見えた。
僕はたまらず切り出した。
「…で、どうしたのさ」
みなみがこちらを振り返る。僕の心の内を探るように見つめ、また目を逸らす。それから歩みを止めないまま、すん、と鼻をすすって呟いた。
「………私ね、留学するんだ」
「留学…?」
「…そ。お父さんの仕事の都合でね。私が高校卒業するまで心配だからって、一家でアメリカに行くことになったの…」
振り絞るように言ったその言葉は、最後の方が震えて尻すぼみに消えた。
アメリカーーーー
まだ行ったことのない異国の地。
テレビや写真ではよく見る景色だけど、
今の僕とは無縁の場所。
「…いつから?」
「…来月。だから、4年半くらい蛍にも忠にも会えなくなっちゃうね」
「………」
そう言って無理矢理笑うみなみに、僕は相変わらず憎まれ口を叩くしかなかった。大股で数歩、前を行くみなみと並ぶ。
「…へぇ、良かったじゃん。夢が叶ってさ」
「え?」
「前に言ってたでしょ。本場のブロードウェイミュージカルが見たいって。向こうはそういうのも本格的そうだし」
「そう、だね…」