第37章 遊郭へ
(待って。でも堕姫には兄がいた)
口を挟む機会を掴もうとしていた蛍の唇が結ばれる。
妓夫太郎の存在を思い出したからだ。
二人で一つ。そんなことも言っていたあの鬼達は、二人でこそ上弦の力を発揮するのかもしれない。
「天げ」
「うわぁあああん!!!!」
そう助言しようとした蛍の声など吹き飛ばす程に、堕姫が泣き喚いた。
幼い子供のような癇癪に、飄々としていた天元もぎょっとして目を止める。
「ほんとにアタシは上弦の陸だもんほんとだもん!! 数字だって貰ったんだからアタシ凄いんだから!!」
「おいおい…(ギャン泣きじゃねぇか嘘だろ?)」
「だ、堕姫…」
「死ねっ! 死ねっ!! みんな死ね!!」
わんわんと泣き続けながら、感情のままに畳を拳で殴りつける。とても上弦の鬼とは思えない堕姫の言動に天元は目を見張りつつ、別のことに疑問を抱いた。
それよりも何故この鬼は今もこうして泣き喚くことができているのだろうか。
頸は切断されたままだが、その切り口から崩れ出してはいない。
未だはっきりと形を保ったまま、どんどんと畳を叩き続けているのだ。
「頸斬られたぁ! 頸斬られちゃったぁあ!!」
火傷により片目の瞼を無くし、剥き出しの眼球にははっきりと【陸】の字が刻まれている。
本当にこの鬼は上弦の陸なのか。
片手でまとめ持っていた二対の日輪刀を、天元がゆっくりと両手に持ち直した。
その時だ。
「お兄ちゃぁああん!!!!」
兄妹を示唆する堕姫の叫びと共に、彼女の背中がぐにょりと盛り上がった。
それは瞬く隙も与えず人の形を成す。
骨張った浅黒い体が、柔らかな堕姫の背中から生まれ出るように浮き出して。
その瞬間、天元は既にその肉体目掛けて日輪刀を振るっていた。
ドォン!と轟く衝撃音と共にばらばらと舞い散る畳や襖。
しかしそこに斬ったはずの鬼の肉体の欠片はなく、また天元の手に斬った感覚もない。
「ひぐ…っうぅ…っ」
「泣いたってしょうがねぇからなぁあ」
謎の肉体は堕姫と共に、天元の背後の部屋の隅に移動していた。
いつの間に整えたのか、切断された堕姫の頭を頸に戻し、その頭を優しく撫で付ける。