第6章 エースの帰還
孝支君が息を呑むのが分かった。
一瞬だけ泣きそうな顔になる。
「旭!!」
優しくボールを弾く。
緩い放物線を描いた、少し高めのトス。
もう一度、東峰君が跳ぶ。
『今度こそ決める』
そう言っているような、高い高いジャンプ。
ボールは田中君達のブロックを突き抜け、重い音とともに烏野チーム側のコートに突き刺さった。
「す、すごい……」
(東峰君、あんなパワフルなプレーをするんだ…)
「おぉー!やるなぁロン毛の兄ちゃん!」
「え!?あ、ど、どうもすみません…!」
「なーんで旭さんが謝るんすか!!」
「確かに!旭は謝ってばっかだよなぁ」
「そーだよ、もっと喜べ!!」
「す、スンマセンッ…!!」
得点を決めた東峰君の周りを選手が囲む。
(ホントだ。孝支君、いつもより楽しそうかも)
私の視線に気付いた孝支君が、嬉しそうに拳を突き出す。私も手を振ってそれに応えた。
「菅原君が嬉しそうなのって、やっぱり東峰君と西谷君が戻ってきたからかな…」
「そうですね…。このメンバーが揃うの、もう一ヶ月ぶりなんです。攻撃と守備の要をいっぺんに失って、口には出さなかったけど、菅原は一人で責任感じて、すごく落ち込んでたから…」
そこまで言って清水さんは口をつぐむ。
清水さんの視線の先には、コートの中でハイタッチをして喜ぶ孝支君がいた。
「…?清水さん?」
「あ、えっと…」
清水さんはハッとなって私に向き直る。髪を耳にかけながら、照れくさそうに言った。
「影山の正確すぎるトスも見てて凄いと思うけど…、私は、菅原のトスの方が安心するんです。だから、菅原がまたあんなふうに笑えるようになって良かったな、って…」
そう言って清水さんは微笑んだ。
その真っ直ぐな瞳に、私は大学時代の自分を見た気がした。好きな人を、遠くから見るときの目。
(もしかして清水さん、孝支君のことが…)
誰かを密やかに見つめる眼差し。
相手を気遣うあまり、言葉にならない気持ち。
私も引っ込み思案だからこそ、よく分かる。
すごく懐かしい気持ちが胸に広がる。喉の奥がツンとして、私はそんな感情を飲み込むように、そっと深呼吸をした。
「…ねぇ、清水さん」
「はい…?」
「菅原君にもそのこと伝えてあげて。菅原君のトスは安心するって。きっとすごく喜ぶと思うから」
私がそう言うと、清水さんは小さく頷いた。
