第5章 練習試合と邂逅
「いやぁ、完敗だったな。参ったよ」
試合が終わり、荷物をまとめて体育館を出ようとするみなみを引き止めて俺は言った。
「でも、そっちのチームも凄かった。及川君のサーブなんか、勢いがありすぎて怖いくらい」
「ははは、ヘラヘラしてるけどプレーは目を見張るもんがあるんだよ、及川は。今回はダメだったけど、インハイ予選では負けないからな」
「ウチだって」
そう言って、みなみは鼻の頭にシワを寄せて笑った。
久しぶりに見たその無邪気な笑顔に、俺は言葉に詰まってしまった。不意に沈黙が降りる。ボールの弾む音と部員たちの掛け声が、沈黙を埋めるように響いた。
「…今日はびっくりしたよ。まさかバレー部の副顧問だとは思わなかったからさ」
「…ん。私も」
うつむいて、困ったように笑う。
「…いや、ホントに、元気そうで安心したよ。…こんなこと俺が言えた立場じゃないけど、ずっと心配してたんだ。あのとき俺が友梨のことーーー」
「待って」
そう言って、みなみは俺を見上げた。精一杯笑顔を作ろうとして、失敗してしまったような目で俺を見つめる。
「…お願い。それ以上言わないで。私だって悪かったんだし、怒ってるわけじゃないから…」
その時、急に名前を呼ばれた。振り返ると、目を釣り上げた岩泉が立っていた。
「藤宮先生、及川のヤツ見ませんでした?」
「あ、いや…見てないな…」
そう答えると、岩泉はまた文句を言いながら体育館に戻って行った。入れ替わりで、今度は別の方向から「野村先生っ!」と声が飛んでくる。今日はやたらと邪魔が入るな、と心の中で苦笑した。呼ばれた方向を見たみなみが小さく、あっ、と声を上げる。
「す、菅原君っ…!」
「何やってんのさ、みんな待ってる」
「う、うんっ…」
確か、烏野のベンチに控えていた選手だ。こちらにやって来るなり、庇うようにみなみを背中の後ろに回し、まるで子猫を守る親猫みたいな目で俺を睨みあげた。
真っ直ぐ俺に向けられた目を見れば分かる。
こいつはきっと、みなみのことが好きなんだ。