第10章 今いる場所
「べっ、別に野村先生だとは言ってねーべよ!」
「そう?じゃあ私の勘違いだったみたい」
「お、おう…。とっ、とにかく早く片付け済ませるぞっ…!」
「ふふ、そうだね」
ずっと一人で抱えてきた重荷がふと無くなって、不思議なほど清々しい気分だ。もちろん、振られてしまったことは悲しいけれど…。
でも私は、自分が思っていた以上に、今の3年の関係にこだわっているのかもしれない。
澤村は特に口には出さないけど、いつもみんなの事をよく見てるし、いざという時きちんとまとめてくれる頼もしさがある。そんな澤村をサポートしつつ下級生と上級生をうまく繋げてくれるのが菅原で、問題が起きてもただただ優しく肯定して受け止めてくれるのが東峰。その三人がお互いに支え合って、今の烏野を作り上げたのを見てきたから。
そんな関係が心地良くて、
私は今ここにいる。
そんな三人を、
コートの外からサポートしたいと思う。
私もまだ、烏野の一員でいたいから。
だから、
その関係が壊れなかったことに
自分でも驚くほどホッとしてしまった。
これで良かったのかもしれない。
最後のボトルを洗い終え、水を切りながら私は言った。
「ありがと菅原。一通り終わったから、あとは私一人でも大丈夫」
ずっと無言で手を動かしていた菅原が、ハッとなってこちらを見た。その瞳に、私への気遣いの色が見える。
「ホントに?まだ何かあれば手伝うけど?」
「ううん、本当に大丈夫だから」
「そっか…。んじゃ俺先に戻ってんな」
「うん。ありがとね」
「…おう」
菅原はまだ何か言いたそうだったけど、私が手を振って促すと黙って頷き、体育館に駆けて行った。
切なさと、安堵と、
ほんのちょっとの清々しさ。
振り切るように深呼吸を一つ。
洗ったばかりのボトルをカゴに入れ、
私は両手に抱えた。
見上げた夕空は高く、広く、
どこまでも明るい前向きな色。
それが少しだけ、
背中を後押ししてくれた気がした。
泣いても笑っても、
私達の最後のインハイ予選は
もう、すぐそこに迫っている。
よし、と小さく気合を入れて、
私も菅原の後を追った。