第10章 今いる場所
「あ、清水。俺も手伝うよ」
合宿三日目の練習が一段落したあと、ドリンクのボトルを回収してまわっていた私に菅原が言った。
ちょうどそばでモップをかけていた縁下が、手を休めてこちらを向く。
「菅原さん、片付けなら俺らがやりますから」
「サンキュー縁下!けどお前は日向達に付いててやってくんない?目を離すとすぐ問題起こしそーだしさ」
「そうですか…分かりました」
「ちょうど清水と話したいことあったんだ。そっちは頼んだぞ」
「んじゃ、行くべ!」そう明るく言って、菅原は私の手から荷物を奪い、出口へと向かう。私も慌ててその背中を追った。
『私と話したいこと』
その言葉に心臓がひゅっと縮む。
菅原が話したいことってなんだろう…
もしかして、伝わってしまったのかな、
私の気持ち…。
少し前を歩く菅原の背中を追いかける。そんなことあるはずないと分かっていながら、それでも高鳴る胸を抑えた。
ボトルを洗うために水場に並ぶ。そっと横顔を盗み見ても、菅原はいつもと変わらない。端正な顔立ちと、左目下の泣きぼくろ。気を遣ってくれているのか、菅原はただ「日が長くなったな〜」とかとりとめのない話題を振りながら、手を動かすだけだ。
出来るだけ気取られないよう、
さりげなく私は尋ねた。
「…何?話って…」
「うーん」と迷って菅原は上体を起こし、頭を掻いた。
「清水さ…この合宿中に何かあった?」
「えっ…?」
「だって、いつもより元気ないじゃん。どこかボーッとしてるっつーか、なんつーか」
「そうだった…?ご、ごめん…!」
「いや、別にいいんだけどさ。ホレ、前にも言ったべ?悩みがあるなら言えって。ウチは青城みたいに大人数で選りすぐったメンツじゃないからさ、少人数なりに皆で支え合わなくちゃいけないと思うんだ。だから、お互いに遠慮なんかしてたらやってけねーべ?」
限りなく優しい声と表情で、菅原は私を見つめる。
あぁ、なんでこの人は、
こんなにも無差別に
優しくできるのだろう…。
その優しさが、私だけに向けられたものならいいのに。
「それに清水に元気がないと、田中と西谷の士気も下がるしな!」
そう冗談めかして、菅原は明るく付け加えた。
「ま、疲れてんなら、出来るだけ手伝うから言えよな」