第17章 温泉旅行へ*2日目午後編*
桜は今、気が気ではなかった。家康を残してきたこともそうだったけれど、それ以上に、今のこの体勢が。
馬の上に抱き上げられた時、どうしたことか信長に向かい合うように乗ってしまった。信長は気にする素振りもなく、桜を片腕で支えてくれている。
まるで信長の腕の中に、自分から抱きついているようで恥ずかしい。どうにか前を向こうとしてみるけれど、走る馬の上では無謀な挑戦だ。
「何をしている」
もぞもぞと動く桜に、信長の不審そうな声がかかる。
「前を向きたくて…」
「すぐに着く」
だから動くな、と信長の腕が桜を強く抱き締めた。どきどきと高鳴る鼓動を感じなから、桜は仕方なく、宿に着くまでそのまましがみついていた。
「お帰りなさいませ」
馬に駆け寄ってくる宿の人の声に、桜は到着を知った。信長は、桜を腕に抱いたまま、ひらりと地面へ降り立つ。
「わ…っ」
すとん、と桜を降ろし、馬を預けると、信長は桜を見下ろす。
「昼は済ませたのだな」
「はい、えっと…」
分かれ際の蒼白になっていた家康を思い出す。なんとなくではあるものの、庇った方がいいような気がした。
「お蕎麦が美味しそうだったので、どうしてもと家康にお願いして、食べて来てしまいました」
「…そうか。ならば良い」
そっけなく頷いて、信長は桜を伴い、宿に背を向ける。
「どこへ行くんですか?」
「散歩だ。連れていくと言っていただろう」
そういえば、出発前の夜にそう仰っていたっけ。
「はい、覚えています」
「行くぞ」