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第28章 少女のいる世界


自室と蝶の部屋を隔てる壁にそっと近付き、耳を当ててみるとその声は鮮明になって聞こえてくる。

『っ…、んで……、っ…だ…』

言葉が途切れすぎて、言葉になりきっていない。
何を言っているのかも分からない。

それでも、確かに彼女は泣いている。
…流石にやりすぎただろうか。

口付け、は…してやった方が、よかったのだろうか。

彼女に口付けようとしたその時、回された腕から、怖がっているのが伝わってきた。
だから、してはいけないと判断した。
腕が震えていて、顔を近付けると力ませて、更に震えて。

…できるわけねぇだろ、そんな状態のお前に。

壁の向こうから聞こえる声に、心の中で正論を並べていく。

ただでさえ男が苦手なくせに。
無理して俺の為に、そんなことしようとして。

強くないくせに。
怖がりなくせに。

そういう知識だって、ほとんどまともに知らないくせに。

しかし、そこでようやく俺は思い出した。
彼女が怖がりであることを。

そして、誰にもそういうことを吐き出せない質であったということを。

___意識を失って、自分の命が危ういその時でさえ、無意識なのに必死になって捩摺を具象化させ続けていたことを。

暗いところが、夜が…眠るのが、怖くて怖くて仕方がないということを。

蝶が、泣いている。
一人で…たった、一人で泣いているんだ。
今のあいつは、一緒にいても近づけきれなくて、孤独なはずなんだ。

俺とは、訳が違う。
あいつは…

考えるよりも先に、体が動いていた。
自室から出て、ノックもせずに彼女の部屋の中に入る。

室温は肌寒くないはずなのに、妙に冷えているその部屋の中…片隅でそいつは、ベッドの上なのに蹲っていた。
鞘に収められた、始解も何もしていない捩摺をただ一つ抱えて、声を押し殺そうと必死に、必死に声を上げるのを堪えて、泣いて。

ただでさえ小さいその身体が更に小さなものに見えた。
消えてしまいそうに…壊れてしまいそうに、見えた。

「何、一人で泣いてんだよ馬鹿…っ」

『ッ、…!!?…っ、ぁ…ちゅ、うや…さ…ッこれ、は別に……!大丈夫、なの…!お、お腹…お腹、冷やして痛くなっちゃっただけで』

「…!!…腹が痛かろうと“単に寂しかろうと”!!そういう時は、遠慮しちゃいけねえんだよ!!我慢しちゃいけねえんだ!!!」

『っ、…ン…ッ…!?…、!!!、!?』
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