第28章 少女のいる世界
「今なんか、記憶もねえのに知らない俺みたいな奴のところにきてくれてんだ…やってくれんなよ、本当」
中也さんの腕が、声が…少しだけ、震えていた。
怖かったのは、私だけじゃない。
この人も、怖かったんだ。
私がここにいることに安心したって、伝わる。
分かる、なんとなく。
『…中也さん。私の事、教えて』
「……多すぎて、何を教えりゃいいのか分からねえよ俺には」
『じゃ、あ…私の、親…とか』
「…今のお前の保護者は、俺だ」
なんとなく、そんな気はしていた。
この人の言う家族だという言葉に、重みを感じたから。
なんとなくだけれど、そうでしかないけれど、こんな人が私の保護者ならとさえ思ってしまったほどだった。
『…よかった』
「!……そういうところだぞマジで」
待ってろ、すぐに飯作っちまうから。
そう言って私から手を離した彼に腕を回したまま、普通に考えれば邪魔な姿勢で、彼の料理を見てぼうっとする。
無駄のない動き…それに、食材の扱い方が丁寧だ。
そして初めて見る彼の素手はまた綺麗で、隠してしまっているのがもったいないとさえ思えてしまうような…
その時だった、私がそれを見つけたのは。
『ゆ、び…ッ、ぁ…っ!!!』
「蝶…!?どうした、頭が痛むのか!!?」
突然の頭の痛みに、思わず手でおさえて蹲る。
何これ、変な感じ…
彼の指についているそれを見たら、何かに頭が埋め尽くされる。
雪が降っているそんな街。
微笑む彼を相手にして、少しの間驚いてから…私は確かに贈り物を受け取っていた。
『…、…そ、うだ…苗字、くれて……ッあ゛…っ』
クリスマス。
そう、クリスマスだ。
婚約指輪が、仮の結婚指輪になったその日。
私が、中原蝶になった日。
彼の左手の指にはめられたその指輪が、私を慈しむ彼を想起させる。
「無理しなくていい、急いで思い出そうとなんかしなくていいんだ!!」
『そ、な…言われても、どうにも出来な…!』
急に覆われる視界に、頭の中がすっきりしていく。
あ、痛くない…しんどくない。
落ち着く。
この人に、こうされるの…
「……マシになった?」
『…は、い』
「ん、それならいい。焦らなくていいからな、記憶なんかなくってもお前はお前なんだから」
どうしてこの人は、こんなにも強いのだろう。
どうして、私のためにここまで。