第2章 4月
私とおばさんが朝食を半分くらい食べたところで、バレー部の赤ジャージに着替えた鉄朗がキッチンにやって来た。
席に着くなり用意された白いご飯とおかずは、一瞬で胃袋に吸い込まれていった。まるで掃除機みたい。
「食い終わったら行くぞ」
結局、先に朝食を終えてしまった鉄朗に急かされて、私たちは家を出た。
軒先に雑に立てかけてある自転車を起こす。
鉄朗は自分のエナメルバッグをカゴに突っ込むと、サドルに跨り、ポンポンと荷台を叩く。早く乗れ、の合図だ。
中学生だった今までは、休日にこうやって音駒の練習試合に連れて行ってもらっていた。
いつものように荷台に跨がろうとすると「今日はジャージじゃねえんだから横向きに乗れよ」と怒られた。
スカートは股がスースーして苦手だ。
本当は今だって制服のスカートの下にジャージを履きたいくらい苦手。
でも流石にそれはできないから、いつも黒いタイツで我慢している。
都会の朝はせわしない。
自動車、トラック、歩く人。
通り過ぎて行く朝の街を荷台から、ただ眺める。
「鈴、朝練に誘っといて聞くのも何だか…ホントに、バレー部でいいのか?」
高校までの道のりで、不意に鉄朗がそう言った。
「休みなんてほとんどねーし、夜も遅くまで練習だ。まわりは汗クセぇ男ばっかりだし、それに来年は…」
隣を走るトラックの騒音で、その先はよく聞こえなかった。
「…とにかく、俺はオマエが好きな部活に入って楽しくやってくれるならそれが一番なんだよ」
ぶっきらぼうに言い放つ。多分鉄朗なりに、私と私の高校生活の事を考えての発言なんだと思う。
言うと怒るけど、鉄朗はいつも優しくてお節介。
「私…勉強した。審判…とか、応急処置とか」
トラックに負けないように声を張る。
「…マネージャーやるの、楽しみ!」
赤信号で自転車が止まる。
私を見て吹っ切れた様にクックッと笑い、優しく頭を撫でられた。
鉄朗に頭を撫でられるのは悪い気分じゃない。
「オマエが入部しないって言ったら、他の奴らが悲しむからなー。よかったぜ」
信号が青に変わり、また自転車は動き出す。
(他の奴ら?)
「……鉄朗、は?」
(入らなかったら鉄朗も、寂しい…?)
「俺?」
その答えを聞く前に、高校の駐輪場まで到着してしまった。