跡部様のクラスに魔王様(Not比喩)が転校してきました。
第1章 うららかな春の朝の転校生
さざめいていた教室が一気に静まり返ったのも、無理のない事でございましょう。
腰まで伸びる髪の色は艶やかに美しい銀、きりりと吊り上がり教室の中を興味深げに見つめるのは紅の瞳。背中には明らかにこの世のものとは思われぬ禍々しい気配を纏った剣を負い、そして何よりも頭部から優美に曲線を描き伸びる2本の角が、その者がただの人間では有り得ないと物語っております。
茫然とその者を見つめるクラスの皆――嗚呼、あの跡部様ですら例外ではございません。ぽかんと口を開けたままのクラスメイト達とは流石に違いますが、蒼い宝石のような瞳を瞬かせていらっしゃいます。
「自己紹介を」
しかし、流石は榊先生でございます。四十と三年の人生経験に裏付けされた自我と教育精神は、そのくらいで揺らぎはしないということなのでしょう。
榊先生に代わって教卓の前に進み出た転校生は、僅かに考えるような素振りをしてから、良く通る声を上げました。その声は、やや低いようにも思われましたが、可愛らしくも思える女性の――少女の声でございました。
「余は魔王ディオグラディア・ベルジャナール・ゴーディスヴェイン。故あってこの氷帝学園に編入することとなった。魔界を統べる存在ではあるが、学生として所属するからには勉学にも励むし汝らとも友情などを育む事にも異存はない。気軽に魔王様とでも呼ぶことを許すゆえ、遠慮せずに近付くが良いぞ」
遠慮せずと言われましても。
誰も何も言いませんでしたが、そう言いたげな空気が流れたように思われました。
榊先生は全く動じる様子もなく、黒板に丁寧な文字で転校生の名前を書いておいでです。片仮名で。
「ディオグラディア・ベルジャナール・ゴーディスヴェインは魔界からの編入であるから、現代日本の風習に疎い面も多いだろう。どうか、クラスの皆で助け、仲良くしてもらいたい」
魔界から、という前代未聞の転校生に対しても配慮を失わないのは、教師の鑑とも言えましょう。