跡部様のクラスに魔王様(Not比喩)が転校してきました。
第1章 うららかな春の朝の転校生
「では、ゴーディスヴェインは……跡部の隣の席が空いているな」
「アァン……?」
榊先生の口から跡部様の名前が出た瞬間、教室が再びさざめき――いえ、ざわめいた、とすら言える声の波に包まれました。跡部様の小さな驚愕の呟きは、その声の波に埋もれてしまい、魔王の耳には届かなかったようでございますが。
ちなみに跡部様の隣の席は、つい先日ある生徒が転校してしまって以来の空席でございます。跡部様は荷物を他の席にはみ出させるなどと言う不調法は決してなさいませんが、3年A組にテニス部の部員などが遊びに来た時は、よくこの席を使っていらっしゃいます。
「では、ゴーディスヴェインはその席を使うように」
「承った」
しかしまさかそこに魔王が座るとは、その中の誰も思わなかったことでございましょう。
銀の髪をさらりと揺らし、学校指定のローファーで案外に軽快な足音を立てて跡部様の隣の席へと向かった魔王は、背中から剣を外すと無造作に机の横に置き、制服のスカートの裾を気にすることもなくどかりと椅子に腰かけると、尊大な様子で跡部様の方へと視線を向けました。
本来ならば、尊大な態度を取るのは跡部様の方だけでしかないのでしょうが、そこは魔王の貫録と言うべきなのでしょうか。
「汝、確か跡部、とか言ったか」
跡部様になんてことを、と思わず最前列に座る女子生徒が呟きました。彼女は跡部様に崇拝と言ってもいいほどの尊敬を寄せる少女であり、女子テニス部のレギュラーでもございます。
無論、それは魔王の耳に届くような大きさの声ではございませんが、勇気ある行いには違いありませんでした。なにせ相手は魔王でございますから。
しかし――跡部様は、やはり跡部様でいらっしゃいました。軽く目を瞬かせた後、ふっと楽しげに微笑まれたのです。
「魔王なんだから当たり前だろうが、跡部の名を知らない奴は久し振りだ」
「ほう、有名なのか」
魔王の方も流石は魔王といったところか、興味深げに紅の目を細めて問い返します。それに対し、跡部様は美しく顎を軽く上げ、コートに君臨している時のような高貴さで言い放たれました。
「ああ、だがそんなことはどうでもいい。大事なのは跡部の名より俺様自身なんだからな――跡部景吾だ。覚えておきな」