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跡部様のクラスに魔王様(Not比喩)が転校してきました。

第4章 心までもが洗われるかのような


「――魔王に相応しくもなく逃げてきた余に、あくまで魔王らしく立ち向かえと、運命は仰せなのだろうか」
 紅色の瞳が、酷く心細げに揺れたのは一瞬でございました。銀の髪をきりりと一つに纏め、新人マネージャーとは思えぬ堂々とした足取りで、女子テニス部と男女テニス部のマネージャーに与えられた更衣室の扉を潜った魔王を、迎えたのは跡部様と――興味深げについてきた、向日くんと宍戸くんでございます。
「お、似合ってんじゃねぇの」
「うむ、余は優れた容姿と体躯を持つゆえ、大抵の衣装は着こなせると思っておるぞ。だが……」
 ええ、魔王の足取りは大変堂々としていらしたのですが。
 ただ1つ、スコートの裾を軽く手で押さえたままだったのは、やはり彼女も年頃の少女と言えましょうか。
「やはり、脚が露わになる衣装は性に合わぬ。踊り子か春売りの娘のようだ」
「……春売り?」
 聞き慣れない言葉に、きょとんと向日くんが首を傾げます。
「季節ごとに来る行商人でもいるんじゃねぇのか?」
 ああ、宍戸くんの誠に純情な解釈は、心が洗われるようにすら思われます。
「娼婦ってことだろ?」
 そして跡部様は博識でいらっしゃいます。一瞬置いて顔を真っ赤にする宍戸くんのまぁ純情なこと、ああ、眼福でございます。
「しょーふ?」
 ええ、中学3年生の向日くんにはまだ難しい言葉だったかもしれません。……あら、では宍戸くんは、案外おませさんでしょうか。
「ま、でも着たんだろ? 日本では女性が脚を出して歩く服も多いからな」
「成程、一般的な装束と言うことか。まぁ、ドラゴンの巣に行くならばドラゴンの挨拶を覚えよ、と言うからな」
「なぁなぁ、それどういう意味?」
 ああ、ついに向日くんは、魔王への遠慮や恐怖より好奇心が勝ったようでございます。元々、人懐こく面倒見のいいお人柄でもございますから。
「む、そうか、世界が違えばことわざも違うか。……何と言えば良いのだろうか……」
 魔王も案外に親しみやすい様子で、考え込んだところをぽんと手を叩いたのは宍戸くんでした。
「あれだろ? 郷に入れば郷に従え」
「おお! 宍戸珍しく頭いいな!」
「珍しくってなんだ!」
 わいわい言い合いつつも和やかな空気の中、裏腹に鋭く突き刺さる視線を感じ――けれど魔王が振り向いた時には、更衣室の扉の閉まる音が、ただ響くばかりでした。
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