第14章 門出の日@黛千尋
バン、と勢いある扉の音。
それに、いや、聞こえた声に驚いて入り口を見ると、美心が息を切らして立っていた。
本当に来た…。
「お前、髪ボサボサ」
「っ、誰のせいだと思ってるんですか。黛さんのせいですよ!
折角頑張ってセットしたのに台無しです!」
「なんで俺のせいになるんだよ」
「っ、だって、黛さんにもう会えないって思ったら…っ」
そんな美心の言葉を遮り、黛は頭をポンと撫でた。
あの日の様に、優しく。
「取り敢えず座れ。結んでやるよ」
「——黛さんにこうして触れてもらえるのも、最後になるんですね」
櫛を入れ始めると、不意に美心がそう言った。黛は一瞬手を止めたが、彼女の頭を直すのを最優先に考え、セットを続けた。
「…私、黛さんと離れたくないです」
ピュウ…
風が吹く。春を告げる、冷たい風。
2人の紅潮した頬を冷やそうとしているのか、ピュウピュウと強く吹き始める。
「なんででしょうね。今日卒業してしまうんだ、って思うと…
胸が苦しいんです」
「…奇遇だな。俺も同じ事を考えていた」
気がつくとそんな事を言っていた。無意識の自分の言葉に驚きながらも、その時黛は気づいた。
何故、毎日の様に彼女の髪を結んでやっていたのか。
何故、日課を面倒だと思わなかったのか。
何故、髪を結んでやろうなんて今さっきに思ったのか。
理解した。
思えば、簡単な事だったのだ。
黛は、無自覚にも美心に恋をしていた。