第3章 コーヒー
「ねー…まだ終わんないのー…?」
明日締め切りの仕事を急きょ頼まれ、
新米の私が断れる訳もなく引き受けてしまった。
いつもなら遅くても7時には帰れるのに
保健室の時計は午後8時を指していた。
「まだかかりそうだし今日はもう帰っていいよってば…」
「嫌。」
このやりとりは何度目だろうか…。
帰るように言っても松野くんは「嫌。」と即答する。
「俺、ひますぎて死んじゃいそう…」
「…。」
どうせ帰ってくれそうもないし、
急いで仕事を片付けようとパソコンのキーを叩く。
「ねえ、無視しないでよ。俺ひまなんだけどー…」
だから帰っていいって言ってるのに…。そう思いながら
パソコンと資料に目線をいったりきたりさせる。
「おーい。…聞えてないのー…?」
松野くんはデスクの空きスペースの上に両腕を乗せて
退屈そうな声で話しかけてくる。
構ってちゃんとは松野くんのことを言うのだろう。
「ねえ、あとどれくらい…?」
「あと五分あれば終わるかな…たぶん。」
そう言うと嬉しそうな顔で「じゃあ俺黙るね」と言って
本当に静かになった。
今まで話しかけられていたのに
急に無言になられたら逆に気になる。寝ちゃったのかな?
何気なく松野くんの方に視線を向けた。
「ん?」
「!、な、なんでも…」
パソコンに集中していて気がつかなかった。
たぶん松野くんはずっと私の方を見ていたらしい。
そんなに見られていたなんて少し恥ずかしい…。
「終わった?」
「うん、あとは職員室で印刷してくるだけだから
もうちょっと待ってね」
「うん!」
私は早歩きで職員室に向かい印刷をして
頼まれた資料を提出すると松野くんの待つ保健室に向かった。
保健室に着くと松野くんが慣れた手つきで
戸締りをして保健室の前で私のコートと鞄を持って
待ってくれていた。
「いつもありがとうね。」
「いいっていいって」
鼻の下をこすりながら松野くんは笑った。
「だけど、他の誰かに見つかったら大変だから
学校の外で待ち合わせっていつも…」
「だいじょーぶだって。先生と生徒が一緒に歩いてるだけ。
別にみんな何とも思わないって。」
私が気にしすぎなだけかな…?
結局二人で下駄箱へ向かった。