第1章 それはまさに
比較的きれいな廊下を歩きながら黒髪の少女は不安げにあたりを見渡す。少女の名前は月島花織、帝国学園からの転校生だった。その面持と長い黒髪からどうやらおとなしい性格だろうかということが推し量れる。顰められている細い眉は如何にもか弱そうに彼女を見せた。
ふいに少女の足が止まる。花織が顔をあげればそこには”職員室”と書かれた札が下げられている教室があった。何しろ彼女は転校生、まずは連絡をくれた担任になるであろう人物に挨拶をせねばならない。
(冬海先生……、だったよね)
珍しく、また何とも形容しがたい語呂の名前を頭の中で再び花織は確認する。緊張していないと言えば嘘だった。見知らぬ場所で見知らぬ人物に会うのだ、そうでない人など少数派であろう。
花織はまだ新しい制服を整えて大きく深呼吸をする。そうすれば少し胸が落ち着いた。そして震える指先を教室の戸に掛けて、ゆっくりとそれを引いた。
「失礼します」
透き通るような、だがしっかりと通る声で花織はそういった。花織の声を聴いて職員がみな花織に目を向ける。花織は寄せられる視線に軽く目を伏せながら、今にも飛び出そうなほど拍動している胸を抑えようと息を吸った。
「帝国学園から転校してきました、月島花織です。冬海先生はいらっしゃいますか?」
花織がそう問うとゆっくりと一人の人物が立ち上がり返事をする。返事をしたのは眼鏡を掛けた冴えない中年男性だった。気が弱そうでありながら神経質そうに眼鏡を押し上げている。一瞬、潔癖症のような気もしたが無精ひげを見るあたりそれは勘違いのようだ。
「私が冬海だが、キミが帝国学園からの転校生かい?」
ちらりと花織を一瞥して冬海は眼鏡を押し上げる。
「君のような子が帝国学園にいたなんて信じられないね。……まあ、だからこそこんなところに転校してきたんだろうが」