第4章 毒薬の功名※
『っ…くしゅん。』
肺の空気を一気に押し出すと、同時に右肩からずきずきとした痛みが四方へと走った。まるで刺されたみたいだ。
(…いや、実際に刺されたんだったっけ…。)
瞼の裏から明るさを感じ、重くだるいその眼の蓋をゆっくりと開けた。すこしだけ首を回し、辺りを見渡す。
横たわる自分のすぐ横に、黒髪の、あの猫みたいな目の男の人が目をつぶって、そこにいた。
驚いて思わず目を見開くと、また痛みが走った。
『っ。』
私が動いたのに気付いたのか、彼の目がゆっくりと開き、オリーブ色に光が差し込んだ。
ぱちっと音がするみたいに目があった。
そのオリーブの視線が私の瞳に突き刺さるようだ。
「おはよう。生きてる?」
やっと気が付いたか。と、のんきに大きな欠伸をする。
毒薬に侵されたあとにそれなりの量の血を失ったことで、視覚から得られた情報を処理する頭の回転がゆっくりだ。
これは、きっと夢に違いない。
そう思い、瞳を閉じた。
間髪いれずに困惑の入り混じった懇願が小部屋に響いた。
「そろそろお目覚めいただけませんか。お姫様。」
彼は自分の右手を私の胸の前の見えるところまでもってきて、
「この左手、ほどいていただきたいんですが…。」
それとも、このまま、ずっと一緒にいたいとか?と、軽い言葉を足して、首を傾げた。
私の左手がぎゅぅっと彼の右手首を握りしめてていた。
確かに、彼の右手の先端はチアノーゼが進んで薄紫色のようなひどい血色をしている。毒に魘されている間、私がどうやらずっと掴み続けていたらしい。
『…ごめん。ありがとう。』
予想していたよりも、自分とは思えない、か細い声が出た。
彼は、ふーっと腕を伸ばして、凝った筋肉を解すようにゆっくりと動かした。
すらっとした腕に、所々に傷跡が刻まれた色白の肌。
しっかりとした、決して薄くはない胸板。
上腕筋に二頭筋・三頭筋に肩甲下筋へ、それ以外の肢体にも必要な部分に過不足なく、おそらく彼にとって適切な筋肉がついていることがわかる。
(きっとしなやかに強かに、猫のような、身軽な動きができるんだろうな。)
なんてことをぼんやりと思っていると、耳を朱に染めた彼から非難された。
「ちょっと、あんまりじろじろみないでよ。」
そんなに俺の裸にそんなに見とれちゃった?と冗談めいて、彼は微笑んだ。
