第7章 春色桜恋印/石田三成
屋敷の庭は春に溢れていた。若葉や新芽の新しい緑が顔を出し、明るい黄色の菜の花が地を彩る。そこへ咲いた花々の蜜を吸いに、どこからか蝶が飛んできた。
「……春だな」
ゆっくり息を吸い込むと、三成の目から緊迫が幾らか解き放たれた。
何かと新しい事が始まる春先。秀吉の命(めい)を受け、三成も悪戦苦闘しながら新たな職に携わっていた。その事もあり、なかなか気が休まる暇がない。
書物が置いてある部屋と自室との行き来で通る この庭が見渡せる渡り廊下だけが、三成にとって唯一の安らぎの場となっていた。
庭には春の花の代表格も植えられており、見頃を迎えている。
純白の肌に淡いピンクの紅を差したような面立ち。春風がそれを三成の手へと運ぶ。
「お前だけは毎年見ても飽きぬな」
愛おしそうに小さな花びらを見つめていると、視界の片隅で何やら動くものが……
「三成様! 頼まれていた資料をお持ち致しました!」
背後から来た部下の声も三成には届いていない。焦点を気になる所へ合わせると、この花びらと同じような純白の肌をした娘が屋敷の柱をゴシゴシと磨いていた。
「……美しい」
滅多に称賛の言葉を口にしない三成。それに驚いた部下は手にしていた資料を床に落としてしまった。
バサバサバサッ!
「貴様、いつからそこに居た!?」
その音で、ようやく部下の存在に三成は気付いた。
「……チッ。先に部屋へ戻る!!!!」
顔を真っ赤にさせ、足早にその場から立ち去っていく三成。そのうしろ姿に、部下は静かに安堵の声を漏らした。
「良かった。ちゃんと"血"の通ったお方で。……それにしても、春だなぁ」