第8章 〜奇蹟〜
玲をベッドに寝かせた冬獅郎は、心中に渦巻く黒い感情に溜息を吐いた。
白哉がした事が、当然の処置なのは頭では理解している。
が、彼女を想う心が、付いていかない。
人を想う心がこんなに制御の利かないものだと、最近になって初めて知った。
嫉妬というものがこんなにも醜い感情だという事も、今までは知り得なかった。
けれど、それを教えてくれた目の前の少女は、自分よりもずっと、この感情から遠い人。
世界の一部であるが故に、感情の特定すら許されない、人であって人で無い、それでも周囲を明るく照らす、強い心を持つ少女。
いっそ知らないままでいたかったと思う反面、彼女の存在を否定する事などとうに諦めている事も自覚していて。
「玲…」
感情の捌け口を探す様に、名を呟けば。
「…とう、しろ?」
琥珀の瞳が薄く開いて。
どうしようもなく安堵した。
「馬鹿野朗。死ぬ気か」
「…白哉が気付いてくれなかったら…消えてたかも」
くすと笑う玲には、自分を省みる様子は無い。
それに苛立って眉を顰めると、気付いた玲が苦笑した。
「さっき、白哉が気付いて止めなかったら…私あの人を殺してたかもしれないの」
「だから、そんな風に笑うのか」
自分を蔑む様な、何かを諦めたような、そんな笑い方。
普段は見せない、痛みを伴う感情。