第8章 〜奇蹟〜
総隊長に、各隊長格達への言付けをして戻ってきた私は、一応扉を叩いてから部屋に入った。
閉じられていた翡翠の瞳が開かれて、私の姿を捉えると、縛られそうになる心を叱咤して。
「冬獅郎。付いてきて?」
頷いて立ち上がる彼と共に向かったのは瀞霊廷の中央部から離れた崖の中腹。
まだ何もないそこに手を翳した私は、天照に呼び掛けた。
「天照。前方捕捉。異空間の創造及び内部の整備を」
—御意に。
かっと掌から虹色の光が溢れて、目の前の切り立った崖の内側に、質量を無視した巨大な空間を生み出す。
その中を幾つもの部屋に分けて居住区を創り、完全に霊圧を遮断し、時の流れを捻じ曲げた。
「ふぅ。最近霊力使い過ぎてちょっと最大値上がった気がする」
「そんなんで上がんのか」
「潜在霊力が上限に達してからは、霊力を大量消費すると上がるよ、少しずつだけど」
此方を見ていた冬獅郎は、何かを諦めた様に息を吐き、視線を今し方出来あがった穴へ向けた。
「そうか。で?この穴はなんだ。普通の穴じゃねぇだろ?」
「うん。こっちの一時間はこの向こうの一日になる様に時空捻じ曲げてみた」
「………」
「………」
暫くの沈黙の後。
「おい。さらっと怖いこと言うなよ」
「時空調整なんて今更じゃない。ほら、入るよ。このぐらいやんなきゃ、特訓になんてならないんだから」
「…待て。なら昨日のあれも…?」
「うん。創造し直すより回帰させる方が簡単だったし」
「…もう何も言わねぇ…」
「うん、そう?」
がくりと肩を落とす冬獅郎の背を押して、穴へ入る。