第4章 無茶な頑張りかた
しとしとと雨が降り続く駅のホームで、紗希はいつもの人物をまた見かけた。行きも帰りもしばしば同じ電車、同じ車両に乗り合わせる。乗り降りの際や、込み合うホームを歩く際に何度かぶつかってしまい、短い謝罪の言葉を交わしたこともある。そのため顔を覚えてしまった。くたびれた着流しを着て、目深に帽子をかぶった三十代くらいの男性。
本庁に書類を届けた帰り道、また同じ車両に乗り合わせていることに気が付いた。平日の昼間というだけあって、人は少ない。向こうはこちらに気が付いているのだろうか、わからないけれど、意識している気配は全く感じられない。
ホームに降りると、同じ駅でその男も電車を降りた。
駅の外は、穏やかな雨が降り続く。寒さが緩んできたとはいえ、まだまだ雨水は体に冷たい。
紗希は持っていた折り畳み傘を開くが、隣で男はじっと天を仰いだまま。きっと傘を持ってきていないのだろう。ひどい雨ではないし、少し待ったらやむかもしれない。
紗希が歩を進めると、なんと男も雨の下に身を乗り出した。濡れるのも構わずに歩を進めていく。
「あの」
紗希はとっさに声を掛けていた。男は紗希のすぐ前で立ち止まる。
「もしよかったら入りますか……? そんなに遠くじゃなければ、ちょっとくらい回り道しても大丈夫なので」
男はゆっくりと後ろを振り返った。
戸惑うようにきょろきょろとあたりを見回して落ち着かなくなり、しきりに瞬きをしている。
「余計なことでしたら、すみません……。いつもお見掛けするので、もしよかったらと、思ったんですが」
困らせてしまったのだと思い、紗希は会釈をして立ち去ろうとした。紗希だって、ほとんど見ず知らずのような人に相笠をすすめられても断るだろうし。
すると突然、肩を強くつかまれた。痛いくらいの強さで、びっくりして小さく悲鳴が上がる。奪い取るように傘がもぎ取られ、紗希は男に左腕を強く掴まれて、引きずられるようにして歩き出す。