My important place【D.Gray-man】
第43章 羊の詩(うた).
「…誰、なの?」
知っているようで知らない。
しかし縫いぐるみの知り合いなんているはずないことは確かだ。
なのに何故、こんな縫いぐるみが涙を溢す不可思議現象に胸が熱くなるのか。
気付けば雪は問いかけていた。
くすん、と鼻を鳴らした小さな布顔が見上げてくる。
「…ロード。ボクの名前は、ロードだよ」
「ロード…?」
聞き覚えがあるようでない名前。
語尾を上げてクエスチョンを付ければ、ロードと名乗った縫いぐるみは哀しそうに笑った。
縫いぐるみに表情筋などはない。
しかし雪にはそう見えたのだ。
「やっぱり憶えてないんだね」
「……」
「仕方ないかぁ…いいよ。ここから始めても」
力なくぽてぽてと丸い手で涙を拭い取る。
そんな小さな縫いぐるみを自然と支えるように両手で抱けば、ロードは擦り寄るように身を寄せた。
「そう言えば、ちゃんと教えてなかったもんね。ボクはロード・キャメロット。雪の──」
「?」
「…家族、だよ」
「………生憎、縫いぐるみの家系とは繋がってないんだけど」
こてんと首を傾げて愛嬌いっぱいに"家族"と名乗るロード。
確かに見た目は可愛らしいかもしれないが、縫いぐるみとの繋がりなど家系にはなかったはず。
真顔で突っ込む雪に、ぷくぅっとロードは布の頬を膨らませた。
「これは仮の姿なの。ボク自身じゃ此処まで来れないから、仕方なく"これ"で来たんだよ。此処まで来るの大変だったんだからぁ」
「…じゃあやっぱり縫いぐるみなんじゃん、これ」
「ちょっとぉ引っ張らないでよ~。ボクの可愛いほっぺた」
「どうやって動いてんのこれ、中は機械じゃなさそうなのに…」
「ねぇ聞いてる? 無視してほっぺた摘むのやめてくれない?」
むにむにと褐色の布を軽く摘んでいれば、視界にひらりと舞い込んでくる黒い何か。
ひらひらと薄い羽根を舞うように羽ばたかせるそれに、あ。と雪は思い出した。
そういえば、独房に入り込んできたのは謎の縫いぐるみだけではなかった。
この漆黒の蝶々もまたそうだ。