My important place【D.Gray-man】
第43章 羊の詩(うた).
「……は…っ」
ぴちゃん、と洗面所の蛇口から水が滴る。
自分以外の発している音はそれだけの、暗闇の世界。
冷たい石造りの檻の中、同時に微かに木霊するのは自身の息遣い。
じっとりと肌の上を這う脂汗。
ズクズクと体の芯に刻み込まれる鈍い痛み。
全身に広がるその痛みに、雪は歯を食い縛り耐え続けていた。
婦長の適切な治療のお陰で、耐え切れない程の痛みではなくなった。
しかし軟膏状の抗生物質だけでは抑え切れなかった熱傷が疼く。
それは雪の眠りを妨げ、夢へと逃避さえさせてくれない。
(…痛い…)
頭の中に浮かぶのはその単語のみ。
昔は、せめて口に出さないと耐え切れないと、真っ赤な両手を見つめて痛いと何度も吐き出していた。
成長するにつれて痛みに耐えることに慣れ、感情を押し殺すことを覚え、いつの間にか吐かなくなった悲鳴。
言葉に出しても意味はないと知ったから、出さなくなったもの。
けれど最近では少しずつだけれど、出せるようになっていたもの。
言いたいことがあるなら言え、とぶっきらぼうにでも催促してくれる声が傍にあったから。
「…っ」
頭に掠める想い人。
彼を思い浮かべるだけで、胸が締め付けられる。
〝会いたい〟
その気持ちが捨てられない。
心が苦しくて、掻き毟りたくなるような想い。
焦がれれば焦がれる程、感じる絶望。
もう会えないのか。
そう思うだけで泣きたくなるのに、涙は枯れ果てたように一滴も出てこない。
(ああ、ほんと…もう、)
道がない。
鈍く痛む体をベッドに横たえたまま、雪は身を縮ませた。
(…このまま…終わっていくのかな…)
ぼんやりと、包帯に巻かれた自身の手を見つめる。
いつかは訪れるものだと覚悟はしていたが、自ら望んだことはない。
しかし微かに思ってしまった。
このまま絶望に苛まれ駒として生きるのなら。
二度と彼に会えないのなら。
手を伸ばした方が、楽になれるのではないか。
何もかも跡形も無く奪い去っていく、"死"というものに。
「んん、っしょ…」
蛇口から落ちる水滴の音。
自身が発する息遣い。
それ以外の音が舞い込んできたのは、漠然と死を思った時だった。