第12章 さいごの。
「うぅ、ヒール、きつ……」
とっぷりと日が暮れた道をトボトボ歩きながら、思わず独り言が出る。
就職してもうじき半年、最近ようやくある程度の取材を任されるようになったみなみは、一日の移動距離の長さに辟易していた。学生時代にはあまり履かなかったヒールのあるパンプスを履くようになったこともあり、家に帰りつくころには足の痛さでよろよろとしか歩けない。
「うー…いつ慣れるんだろ、これ…」
ぶつぶつ呟きながら角を曲がると、夕が仁王立ちしてみなみを待っていた。
「何してんのあんた」
どう見ても不審者だから早く入りな、と玄関を開けて夕を招き入れる。
「ちょっと話あんだけど、みなみ」
玄関に入ったきり上がろうとしない夕が、いつになく硬い面持ちで、決心したように口火を切る。
不思議に思いながらも、じゃあ二階いこっか、と二人でみなみの部屋へ上がった。
羽織っていたジャケットを脱いでハンガーにかけ、クローゼットにしまう姿を後ろからじっと見ていた夕が、所在なさげに声をかける。
「ちょっと、おまえ、そこ座れって」
うろうろすんなって、と言われぺたんとお尻を着けて床に座る。夕は、みなみの前に置いてあったちいさなカフェテーブルをわざわざどかして、彼女の正面に胡座をかいて座った。
「なーに、夕。どうしたの、改まって。」
「みなみ」
夕が顔を上げて、こちらを見る。
「あのな。もう、これで最後にするからさ、もう一回だけ、言わせてくれ」
どきり、とみなみの心臓が鼓動を早める。
夕の膝に置かれた握りこぶしに、ぐっと力が入ったのが分かった。
もう、言われなくても何となくわかってしまう。
ふ、と小さく息をついてから、夕がみなみを見る。
「お前が好きだ。どうしても好きだ。俺の恋人になってくれ。お前の人生を、俺にくれ。」
目を逸らせないほどまっすぐ、夕はみなみを見つめている。
「そしたら俺は、絶対にお前を幸せにする。絶対だ。俺は、お前と、死ぬまでずっと一緒にいたい。」
―――これはもはや、プロポーズだ。
ここまで言ってもらえて、私はなんて幸せ者なんだろう。 うっかりすると涙が落ちそうになる目を必死でしばたたかせ、なんとかこらえる。