第10章 エースとの衝突
三月のある日、卒業式も無事終え就職までの短い春休みに入っていたみなみは、西谷家を訪れていた。この春休みを利用して友人と卒業旅行へ行ってきたので、お土産を持ってきたのだ。
「みなみちゃんも、とうとう社会人かぁ」
お土産はもう渡したが、またしてもお言葉に甘えて西谷家のダイニングで、夕の母と向かい合ってお茶をいただいている。
「え、もう四月一日から仕事?」
「うん、その予定。」
他愛もない話をしていた、その時だった。
ガチャガチャと玄関の鍵を開ける音がし、バタン!とこれ以上ないほど荒い音でリビングの扉が開き、夕が帰ってきたのだ。
「え!?夕?アンタ、学校は?」
夕の母が驚いて尋ねる。何だかものすごく怒った顔をしていた夕が、けれど思いのほか落ち着いた声で答える。
「かーちゃん、悪い、自宅謹慎になった。一週間」
「え!?謹慎!?え、どういうこと夕!あ、ちょっと、待ちなさいったら!」
問いに答えないまま夕はトントンと階段を上がり、自室へ籠ってしまった。
夕の母と、みなみはお互い不安そうに顔を見合わせる。
確かに夕はやんちゃだけれど、こんなこと初めてだ。
謹慎って、いったい何を……
「おばさん、私――」
みなみが口を開きかけた時、西谷家の固定電話が鳴る。
「はい、西谷です。……あ、いつもお世話になっておりまして、あの、うちの夕が……あ、はい。はい……それで」
どうやら担任か誰かからかかってきた電話のようだ。
少し迷ったが、みなみは静かに階段を上り、夕の部屋の扉をノックする。
「夕。入っても、いい?」
返事はないが、みなみはそっと扉を開く。
夕はベッドの上に身を投げ出すように突っ伏していた。その背中を見て、彼が何か、ひどく傷ついているのだということを、みなみは悟った。
「夕」
ベッドにもたれかかる形で、静かに腰を下ろす。
「話してみた方が、楽かもよ。」
しばらくそのまま座っていると、ごそごそと夕が起き上がる気配がして、みなみの首から肩に腕が回り、背中から夕が抱き着いてくる。
「うん、だいじょうぶだよ、夕」
みなみの肩辺りをぎゅっと掴む夕の右手に、自分の手を重ねる。