第8章 彼女の決意
「嫌いなわけない。すごく…ものすごく大切なの。だってもうほとんど家族なんだもん……」
だけど、と言ったきりしばらく間を置いてから、小さく嘆息してみなみは続ける。
「やっぱり私じゃ、年上すぎるよ…。夕はまだ高1なのに、私はもうすぐ就職だよ。」
ほとんど誰もいなくなった講義室にみなみの独白だけが響く。中原は俯く彼女のつむじを見下ろして、どうして自分で分からないのだろう、と不思議に思っていた。
「それに、夕はバレーボール、すごく頑張ってて……あのね、とにかくすごいの。試合、見に行っても、バレーのこと、難しいこと分からない私にもわかるくらい、夕がボールを追っかけて、拾って、繋いで、どんな局面もひっくり返しちゃうんだよ。みんなから、愛されて、信頼されてるのが、遠くからでもよくわかる……」
顔を上げたみなみの瞳に光が灯る。大切なものを想う心が彼女の全身からきらきらと零れ落ちて、傍らにいる中原にまで透けて見えるようだ。
「夕はこれからもきっと、大きな世界で活躍するんだと思う。そして、いろんな人に出会って、今よりもっと、いろいろなことも経験するんだ。」
そういえば中総体でベストリベロ賞を獲ったと言っていた。真っ当に続けていけば、恐らくいずれは世界で戦うか、少なくとも企業リーグに所属することになるだろう。
それは確かに、みなみたち普通の大学生、には踏み込むことのできない、特殊な世界なのかもしれない。
「私、夕の人生とか、夢とか、そういうことの、邪魔をしたくない」
そうして、結局はそれが、彼女の結論なのだ。
「朝霧さ」
苦笑しながら、はじめて中原が口を挟む。
「好きか嫌いかって、めちゃくちゃ好きじゃん、それ。」
みなみの瞳が揺れる。
「それに、もうそれは恋とかそういうレベルの話じゃなくて、愛してるんだな」
「…………」
―――そうだ。本当はもう、ずっと前から知っていた。
みなみは夕が愛おしくてたまらない。世界で一番彼を大切に想っている。
順番は普通と逆だった。はじめに愛があって、それから恋におちた。
夕がみなみを強いまなざしで追い続けるのと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、強く、深く、長く。心を寄せて、生きてきた。
―――だからこそ。