第8章 彼女の決意
「中原くん」
午前の最後のコマが終わったばかりの講義室で、みなみが中原に声をかける。
「おー、朝霧。この講義取ってたんだ」
中原とはサークルも学科も同じなので親しくはしているが、講義は同性の友達と出ることが多い。
この時期は後期試験までまだまだ数カ月あるためか、出席している学生も心持ちまばらで、中原の姿も見つけやすかったので、友人と別れ声をかけたようだった。。
ノート類をまとめて鞄にしまっている中原に、みなみが口を開く。
「こないだ、ごめんね。せっかく付き合ってくれたのに」
「ああ、いや。ええと………、ゆうくん、だっけな」
こくりと頷いたみなみは、この教室が次のコマで使われないのを確認してから、中原と向かい合うようにして座った。
「ホントに朝霧のこと好きなんだな、あの子。俺、確か三年か四年前くらいにも、お前送ってって、めっちゃ威嚇されたよなー」
思い出すように言いながら笑う彼と、みなみは本当に何のやましいところもないただの友人だ。
夕が烏野に合格を決めたあの日から、なんとなく彼を避けていたのは事実だが、彼氏ができたとか、夕を嫌いになったとかでは全くない。
ただ、どうすればいいのかがどうしてもわからなかった。
私は夕をどうしたいのか分からない、と彼女は思う。
刷り込みを忘れられない雛鳥のように、ひたむきに自分を見てくれる夕。子供だからとはねつけることはもうできないほど、彼女自身が夕を意識してしまっている。
けれど、やはりどこかで、夕に幸せになってほしいのは間違いないけれど、幸せにするのが自分ではいけないと感じていた。
「朝霧は、どうなの?ゆうくんのこと、好きじゃないの?」
見たところ今は拒否ってる感じだけどさ、と中原は付け足す。
みなみはちょっと視線を落としてから、思考を一つ一つ取り出すように、答える。
「好きか嫌いか、で言ったら、そりゃあ、好きだよ……」
膝の上で鞄の持ち手を握っている手に、無意識に力が入る。