第6章 烏野高校、入学。
高校の部活動は、中学の頃よりはるかに練習時間も長く、家に帰りつくのは完全に夜になってからだった。
朝練も早くからあるので、夕食をがっつり取り、筋トレして風呂に入って、あとはもう泥のように眠る時間しかなかった。
「そういえば、みなみちゃん」
夕食の席で、ふいに母親が彼女の名を口にし、勢いよく米をかっ込んでいた夕の箸が止まる。
「就職決まったらしいね。夕、聞いた?」
いや、と首を横に振る夕に、そう?と不思議そうな顔をしてから彼女は続ける。
「なんか、タウン誌とか作ってる出版社さんだって。近くだから、実家から通うみたいだし、良かったわね、夕…」
言いながら夕の顔を見た母の言葉が止まる。
夕の顔に、明らかに怒りが浮かんでいたからだ。
「アイツ、なんで言わねえんだ…」
夕にしては珍しく小さな声だったが、それは静かな怒りを確実に含んでいた。
人生の節目節目どころか、ほとんど毎日、くだらないことでもなんでもみなみと話し、分かち合って生きてきた夕にとって、就職が決まるというひとつの節目を、本人からではなく母親伝いに聞いたのは、予想もしないことで、同時に腹立たしいことでもあった。
好きな人に好きと言わないなんて、夕にはそんな選択肢はない。
だけど、みなみが嫌がるのならと思って、キスだって我慢した。なのに。
「何がそんなに不満なんだか、わかんねえ」
食事を済ませ自室にこもってから、ぽつりと呟く。
本当は、何かが不満でみなみが自分を避けているわけではないことは、夕にもわかっていた。ただそれが、みなみからの拒絶なのか、それとも葛藤や苦悩のたぐいから来るものなのか、そのあたりを推し量りかねていたのは事実だ。
しばらくの逡巡のうち、夕は結論を出す。
「不満なのは、俺だ。」
みなみに会えないことが、ひどく不満で、寂しい。