第5章 受験
みなみの頬にキスをしたらしい夕が、彼女の顔をじっと見つめる。そんな真剣な目で見ないでほしい。いつもみたいにふざけててくれないと、困る。
「お前が嫌がってるのに、無理やりしたってなんにも嬉しくねーよ」
小さくため息をつくとそう言って、それから掴んでいた手をぐいと引き寄せると、夕の両腕がみなみを抱きしめた。
「いい加減俺のこと、ちゃんと考えてくれねーか」
いつも威勢のいい、元気な夕の声が今日は落ち着いて、その言葉が静かにみなみの胸に沈む。
「俺、もう子供じゃねーだろ。いつまで待てばいいんだよ。好きなんだよ、みなみ」
ぐっと、抱きしめる腕に力が入る。
いつの間に、夕はこんなに男になっていたのだろう。
小さく華奢に見えるけれど、みなみを抱きしめる腕は筋肉質で力強く、少しの力では逃れられそうもない。子供の頃から変わらず好きだと言い続けてくれるその声も、気が付けば低く、大人の男のものになっていた。
そうして、みなみは気付いた。これまで意識的に子供だと思い込むことで、夕を恋愛対象から閉め出していたことに。
それから、それに気付いてしまった以上、もうその体裁が、何の意味も成していないということに。
それでも、やっぱりどうしても、みなみの心のどこかに大きなストッパーがかかっている。だって、夕はまだ中学生、四月になっても高校生だ。自分は大学生で、もうすぐ就職活動も始まる。夕の気持ちを受け入れるには、あまりにも自分は年を取りすぎている、と思ってしまう。
「だめだよ、夕」
その結果、口から出たのは拒絶の言葉だった。
「ごめん、私、夕のことそんなふうに考えられない……」
ぐ、と夕の胸を押して抱きしめる腕から逃れようとする。
「まだ駄目なのかよ……」
夕の腕がみなみを解放し、壁を背にもたれかかる彼女の顔の横に手を付く。
「なんでだよ……」
眉を寄せ、これまで見たことのない、せつなげな顔をする夕を見て、みなみの心は抉られるように痛んだ。