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その実が赤く染められたなら

第2章 生き残るための知恵





「私と結婚してほしい」


 今日、志野 美鈴こと私はとある男と婚約した。勿論のこと私は男に対する愛なんて一切ない。私は家のために好きでもない男と結婚し、そしてこの家を出ていかねばならないのだ。
 高校生の私よりも遥かに年上の男の人に初対面でプロポーズされ、その微笑む男の後ろで両親が泣きながら何度も何度も私に謝っているのを見た瞬間、私は悟った。

 私に拒否権などないんだと。

 一条 桑治と名乗った紳士的で逞しい男は表情こそ穏やかなものであったが、私を見つめるその目は獲物を狙う獣そのものの瞳であった。

「美鈴を誰よりも愛してる。だからこそ君に私の妻になってほしいんだ」

 妻、という言葉にどきりとして、焦りに冷や汗をかきながら首を横に振ってみても、男は知らんぷりして私を抱きしめる。

 力強い腕の中、吐き気が止まらなかった。


「ああ、いい忘れていたが私の家は大きな財閥でね。君が拒否することになると、少々手荒いことをしてしまうかもしれないな」


 軽い冗談のように男は笑って私を脅す。


「私はどちらでもいいんだよ?君の家族が壊れようと、君が手に入るなら関係ないからね」


 まるで悪魔だ。人の大切なものを盾にとって言葉巧みにゆすってくる。「お母さん、お父さん」縋るように呼んでみても、二人は私の方を見ずに抱き合いながら小動物のように震えていた。

 この空間は彼に全て支配されている。


「もう一度問うてもいいかな。私の妻に、なってくれるね?」


 答えなどもう一つしか残されていないじゃない。




「そんなに怯えなくてもいい。私は最初に言った通り君をただ愛しているだけなのだから」

 桑治さんの車にほぼ強制的に乗せられて、私は目的地すら知らせられずに何処かへ連れていかれている。

「これから先、美鈴と過ごせるなんてとても嬉しいよ」

 話しかけられても返事もろくにしない私に彼は何が嬉しいのか、ニコニコと微笑んで話しかけるのをやめない。それがなんだか不気味で怖かった。
 だいたい彼は私をどこで見つけて、どうして好きになったのだろう。私の顔は平凡だし、性格だってあまり良いと思われるものではないのに。

 
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