第12章 荒浜海士仁
チャラチャラと手遊びしながら、カンクロウはぼんやり周りで交わされる会話を聞いていた。
何となしに牡蠣殻が横になっていた寝台に腰かけたら、枕元に鈍色の鎖のついた鈍色の無骨な指輪が手に触れた。
銀製らしいずっしりと持ち重りするそれは無骨ながら花が刻まれており、風合いから骨董品と思われた。
「あれは五年前に破門した私の弟子です。名は荒浜海士仁。牡蠣殻同様の巧者であり、医学と本草学に明るい大変な秀才でもある。が、惜しむらくは医師になる為の大きな資質に著しく欠けていた」
深水が語る。
細長い異相の男、海士仁と牡蠣殻は、巧者同士の力のせめぎ合いとやらで、互いに弾き飛ばされてしまったという。
何の事だかサッパリわからない。
「汐田の父の年離れた弟、即ち汐田の伯父にあたります。本来失せる事が不得手な潜師の一族にあって巧者の血筋である野師の牡蠣殻と対を張る失せ上手、更には明晰な知力を備えているという事で、将来を嘱望されておりました。殊に杏可也は藻裾共々海士仁に目をかけていた。そもそも私の元へ海士仁を連れて来たのは杏可也なのです。・・・それを切欠に私と杏可也は夫婦になった訳ですが・・・」
杏可也は青い顔で横になって、固く目を閉じている。
牡蠣殻が閉めたドアの向こうで、杏可也は崩折れ、倒れていた。幸い腹の子供に大事はなかったが、かれこれ二時間は気を失ったまま眠り続けている。
その枕辺では我愛羅が深水に劣らぬ心配顔をして、杏可也を見守っていた。
テマリはチヨバアとエビゾウの傍らに腕組みして立ち、深水の話を聞いている。
で?結局あの血が止まらない奇特な女は、ダラッダラに出血したままどこに行った訳?大丈夫なのかよ?病み上がりだってのに。
「あれはお前らを恨んでいる様子だったの?破門の理由は何じゃ」
エビゾウの問いに、深水は彼には珍しく言い淀んだ。
「事は個人の問題に及びます故、軽々と口には出来ませぬ」
「個人?どの個人じゃ?」
「・・・牡蠣殻です。これ以上はご容赦願いたい」
「固いの。大体の見当はつくわ」
チヨバアがフッと鼻を鳴らして肩をすくめた。傍らでテマリが眉をひそめている。
バカなおっさんだな。言っちまったも同然じゃん。
カンクロウは苦々しい思いで、また指輪をチャラチャラと鳴らした。
「事は未遂に終わっています」