第9章 急転
やたらにたなびく長く細い三編と横に大きく切れ込んだ黒目の勝ちすぎた目が異彩を放っている。背が馬鹿に高い。
その目が深水と牡蠣殻を認めて糸のように細められた。
「久しい」
唇の薄い大きな口が僅かに動いて掠れた低い声を出した。
鼻梁、顎、手、全てが細く長い。異相である。しかし、美しい。
「海士仁」
杏可也が凍りついた。
「・・・居たか。売女」
海士仁と呼ばれた異相の男は、杏可也に冷たい一瞥をくれて薄笑いした。
「変わりない。詰まらぬ。去ね」
ビュッと風が走った。
見えないが見えるような気がする生き物のような風が、深水と牡蠣殻を迂回して杏可也に襲いかかる。
我愛羅がバッと手を交差した。
背中の瓢箪から漏れでた砂がザッと真っ直ぐに走って杏可也の前に壁を造る。
海士仁が口を両端に引き上げるように笑った。
風が二つに割れる。
我愛羅が息を呑んだ。
見えはしない。しかし確かにそうとわかった。右と左に割れて、壁を回り込もうとしている。
「・・・・・ッ」
もう一度、今度は杏可也を砂で包み込もうと動いた我愛羅の目の端で牡蠣殻が消えた。
覚えのある、フウと持ち上がるような生暖かい風が服の裾を持ち上げる。
バチンッと何かが弾け飛ぶような音がして砂の壁が崩れ、そこに牡蠣殻の姿が現れた。両の手から血を流している。
「磯辺。進歩のない」
細い指を眉間に立てて、海士仁がまた笑う。
「まだ生きてはいる。慮外」
牡蠣殻は血だらけの両の手を困ったように見比べ、足を使ってドアを閉めた。杏可也がドアの向こうに姿を消す。
「・・・・弱っている?」
目をすがめて牡蠣殻を見、海士仁は眉をひそめた。
「ク。愉快。愉快」
「海士仁」
声をかけた深水に、海士仁は眉間のシワを深める。
「・・・・深水師・・・・。死にやれ」
「いかん、深水、失せろ!」
チヨバアが怒鳴ると同時に、海士仁が、そして牡蠣殻が目をすがめた。
バチンッと再び大きな音がして、海士仁と牡蠣殻が消える。
後に木枯らしのような風が渦巻いて、部屋はまたシンとなった。