第5章 輸血
青丹の袷に消炭の徳利首、紺鉄の脚衣。眼鏡をかけ、髷を結っている。全体に地味な上、今はボロ雑巾のように汚れ、弱っている。
チヨ婆に呼び出されおっかなびっくり下に下りたカンクロウは、そこで引き合わされた女に虚を突かれた。
確かに見覚えはある。深水や暁と現れ、藻裾と消えた女だ。
しかし、本当に見覚えしかない。恐らくは磯の者だろうという程度の認識があるのみ。
それが何故砂の地下に、しかもボロボロになって昏睡しているのだ?
しかもその傍らには、杏可也と深水がいた。親しい相手なのか、もの思わしげに女を見ている。
「・・・・何コレ?何かサッパリよくわかんねえじゃん?」
状況に乗りきれず、カンクロウは間の抜けた顔で呟いた。
「相も変わらずジャンジャン言っとるんじゃの、カンクロウ」
エビゾウ爺が長い白眉に隠れた目でカンクロウを見やった。
「言葉の乱れは心の乱れ、それが本当ならお前の心はジャンジャン散らかりっぱなしだの。片付けられないヤツは前頭葉に充分な血液が循環しとらんというが、お前の前頭葉は窒息寸前じゃな?ポセイドンアドベンチャーか。ジーン・ハックマンに頭のバルブを閉めて貰え。ぎゃははは」
好きな事を言って笑うチヨ婆に、カンクロウは苦笑いする。
「・・・や、マジ何かわかんねんだけど?何?」
「姉者、若いモンならカート・ラッセルさんじゃ。リメイク版のな、あのカートのラッセルさんな」
「駄目じゃ駄目じゃ!ありゃ駄目じゃ。最低のリメイク賞なんぞ授賞しおって、ポセイドンアドベンチャーの面汚しめ・・・」
「遊星からの物体Xで引退すりゃ良かったかの。カートのラッセルさんは」
「ぎゃははは、そんな若いうちじゃ引退はないわ。とらば~ゆじゃわ!」
「・・・いよいよわかんねえんだけど?いや、ジーンとかカートとかそういうわかんねえじゃなくて、何でここにコイツがいんの?誰?コレ?」
「深水の教え子で患者、私達に縁深い者です。カンクロウさん、久しいですね」
杏可也が微笑を浮かべてカンクロウに頷いて見せた。疲れの滲む微笑だ。
カンクロウは思わず杏可也のゆったりした着衣の腹部に目を向けた。
「・・・フフ、大丈夫、順調ですよ。元気なお子が暴れていますよ」
カンクロウの視線の意を汲み取って、杏可也は殊更穏やかな表情でふっくらした腹に手を置いた。