第23章 大ハード
「さて、やりましょうか」
鮫肌を構えた鬼鮫がぐっと口角を上げる。
冷たい風が吹いて砂塵が這うように横様に流れ行く。
海士仁の竜胆色の着衣の裾が、鬼鮫の黒地に紅い雲の浮く暁の外套が、砂礫を含んだ風を孕んではためいた。
「逃げ巧者とやらのやり合い方、見せて頂きましょう」
「・・・・不様な得物だ」
言葉とは裏腹に興味深げに鮫肌を見やり、海士仁が身を反った
「よく使う気になる」
「鮫肌はこれで繊細でね。あまり悪く言わない方がいい。機嫌を損ねると痛い目を見るのはあなたですよ」
「フン?」
懐手で鼻を鳴らし、海士仁は顎を引いた。
「何故お前とやり合わねばならぬ?」
「ほう。これはこれは」
構えた鮫肌を微動だにさせず、鬼鮫は顎を上げる。
その鬼鮫の仕種に一瞬胡乱な表情を浮かべた海士仁が、一転すうっと薄い唇を引き伸ばすように笑った。
「俺は用がない」
「ああ、さっきそんな事を言ってたみたいですね。私にはよくわかりませんでしたが」
「お前には理由がある?」
海士仁の問いに、鬼鮫は、おや、と、敢えて意外の表情を見せて肩をすくめる。
「なくはないですねえ。私は気の短い質ではありませんが、穏やかな人間でもない。あなたわかってないようですから教えて差し上げますがね」
海士仁の細長く黒目が勝ちすぎている目をじっと見ながら、鬼鮫は傍らに伏す牡蠣殻に一瞬意識を散らした。
「あなた、浅はかな事に私のモノに手を出してしまった。いただけませんねえ。この人は生かすも殺すも私次第。これは迂闊にもこの人と出会ってしまったときに決まった事でしてね。余人の関わる間隙はないのですよ」
興味深げに耳を澄ませる海士仁へ薄笑いを向けて、鬼鮫は牡蠣殻の前に出た。
「あなたとこの人にはどうやら一方ならぬ関わりがあるようだ。あなたはこの人の質に執着してもいるらしい」
「詰まらん女だぞ」
海士仁がからかうように口を挟んだ。
「扱い辛い」
「私の評価がこの人の全て。差し出口は無用ですよ」
「フン?」
海士仁は意外にも快活な表情を浮かべて首を振った。
「筒井筒」
「成る程。そこにも執着しますか」
「執着。否」
海士仁の足が長い着衣の下で動いた。臨戦の気配が湧き出す。
「かと言って、この縁は切らぬ」
海士仁が消えた。