第19章 深水杏可也
砂の隠居部屋の隣、深水と杏可也に与えられた部屋は、隠居部屋同様地下にあり、陽の光が差さない。
表の景色を眺める事が好きな杏可也には酷かと深水は懸念したが、予想に反して杏可也はあっさりと陽の差さない静かな部屋を受け入れた。
「あまり陽の光を浴びたい気持ちではありませんの。痛いような気がして」
子が腹中に入って落ち着かないのか、見かけによらず気丈なじゃじゃ馬である妻にしてはしおらしい事を言うのが気になったが、深水は敢えて何も言わなかった。
自分のせいで里からも兄弟からも引き離された杏可也に、何と言っていいかわからない。口を開けば同じ謝罪の言葉を繰り返すだけになりそうで、うまく声がかけられない。
今も寝台に横たわって体を安めながら、じっと天井を見詰めたまま身動ぎしない杏可也に、声をかけあぐねている。
「・・・・旦那様。朝のお食事はすませましたの?」
フと杏可也が我に帰ったように深水を見た。
「私はこの通り、気分が優れないので遠慮しますが、あなたはちゃんと召し上がって下さらないと。それでなくともあなたは、放っておくとすぐ寝食を疎かになさいますから、杏可也は気が気でありません」
「私の事はよい。お前こそ少しでも何か腹に入れないと。お前一人の体ではないのだからな。厭わねばならん」
「ふふ。杏可也はあなたに心配されるのが好きです。頑是ない子供だった頃から杏可也や波平の心配ばかりして下さっていましたね。あの頃からずっと、あなたに心配されるのが好きだったのですよ?悪い子でしょう?」
深水は目を細めて杏可也の額の後れ毛を撫で上げた。杏可也の軽口に僅かながら気が軽くなる。
「悪い事があるか。確かにお前には困らされたが、それを厭った事は一度もない」
「存じてましてよ。・・・・あなたは私が何を仕出かしても、お怒りにはなりませんでしたわね。だから私はすっかり狡い子になってしまいました」
楽しげだった杏可也の目がスッと伏せられた。
白い頬に長い睫毛の影が落ち、身籠ってから心持ち削げた顔の輪郭を際立たせる。
深水はもう一度杏可也の額を撫で、目尻にシワを刻んで笑った。
「うむ。お前がどんなにか狡猾で性が悪いとしても、私はお前を許すだろうな。それを知っていてそう言うのであれば、成る程それは狡いと言えなくもない」