第18章 朝から難儀な・・・
「会いたかったのは私ですよ。当分会えないと思っていたから、本当に驚いたし、嬉しかった。ありがとう、干柿さん」
牡蠣殻は鬼鮫の広い背中に手を回して力が抜けたような声で言うと、その胸に額を当てた。
「貴方のタイミングの良さには驚かされます。勘の良い人はタイミングもいいんでしょうかね?いつも間を外して間抜けた事ばかりしている私から見ると、綺羅綺羅しいばかりです」
悄然とした牡蠣殻に、鬼鮫は眉を上げた。
「・・・そんな事考えてたんですか?」
「考えてましたね。・・・会えて嬉しかった。干柿さん、息災でいて下さい。伝わり辛い真似ばかりしていますが、貴方が矢っ張り好きですよ。どうか、私を忘れないでいて下さい」
「・・・牡蠣殻さん。私は今回、あなたを一人で行かせるつもりはありませんよ」
「はい?」
頓狂な声を出して顔を上げようとしたらしい牡蠣殻の頭を押さえつけて、鬼鮫は溜め息と共に天井を仰いで続けた。
「今の状況はあなた一人の手には余ります。あなたが砂の隠居のところへ行くと言うのなら、私も行きます。浮輪さんに会うと言うなら磯へ行く。木の葉も同様。荒浜と対峙しようと言うなら、そのときは私もそこにいます。わかりましたか?」
「・・・・まさか未だ暇なままなのですか、暁は」
「そりゃ暇じゃないですよ?少なくとも私は。それが何か?そう言えばあなたは大人しく私の側にいますか?居ないんでしょう、どうせ」
「どうせって干柿さん・・・・アレ?」
牡蠣殻の目からボタボタと涙が落ちた。
「・・・あー、始まりましたねえ、厄介な・・・」
牡蠣殻の涙に鬼鮫は憚る事なく厭な顔をした。
「何で泣くんです?困るんですよ、泣かれると」
「・・・アレ?あはは。参ったな。また始まった・・・。困りましたねえ」
「何を他人事みたように・・・こっちの身にもなりなさい。こればっかりは止めて頂きたいんですがね?」
「何だろう。・・・どうやら嬉しいみたいですね、私は」
ぼたぼた涙を落としながら笑顔を上げた牡蠣殻の頭を、鬼鮫は再び押さえつけるようにかき抱いた。
「馬鹿ですね。そういうときはただ笑っていればいいんですよ」
初めて牡蠣殻の何かが手に触れたような気がした。
逃げ水を捕まえた。気のせいかも知れない。きつく抱いた手を弛められなくて、鬼鮫は口を引き結んで瞠目した。