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【恋乱】短編集

第1章 鼓動~前田利家~


「まだかな…」

 朝から私は厨房と城門前を何度も往復していた。
 一足先に帰ってきた伝令役は、前田軍の勝利を教えてくれていたから、私はひとまず安心したけれど。

 それでも、犬千代の顔を見ないとちゃんと安心できない。

 あの優しい瞳を見上げて。
 耳に馴染んだ声を聞いて。
 左胸の傷をなぞって。

 生きている、と確認したい。




「琴子様…お部屋でお待ちになってはいかかですか?」
 何度も厨房へ顔を出す私に、女中さんたちは呆れた顔をした。
 厨房に立つことは珍しくない私であっても、そう何度も当主の妻が用もないのに訪れると鬱陶しいに違いない。

「あ…ご、ごめんなさい…そうですね…」
「落ち着かないお気持ちはわかりますが…」
「いえ、邪魔してごめんなさい…」

 仕方なく、自分の部屋に戻ろうとしたときだった。
 残っていた家臣たちがざわめき出した。

(帰ってきたのかも…!)

 私は大急ぎで城門へと向かった。
「犬千代…」
 先頭に立つのは、大きな槍を携えた愛しい人。
 大きな怪我もないようで、馬に揺られながら隣にいる慶次さんに何か話したかと思うと、一人馬を走らせあっと言う間に城の中へ入ってきた。

「利家様! お帰りなさいませ!!」
 家臣たちに手厚く迎えられ、犬千代は嬉しそうに笑う。
 そして、何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回す。
(私のこと、探してくれてるのかな)
 それなのに、私はなぜか動けなくて。
 あんなに待っていたのに。

 犬千代の姿を見て安心したのか、私はその場から一歩も動けないでいた。
 少し離れたところから、犬千代をじっと見つめてその姿を目に焼き付ける。


 視線に気づいたのか、犬千代の目が私を捉えた。

「――琴子」
 探した、と犬千代の声が耳を打つ。
「…お帰りなさい」
 そう言って、私は犬千代に手を伸ばした。
「おぅ…ただいま」
 犬千代は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに優しい表情を浮かべて私を抱きしめてくれた。


「犬千代…怪我、してない?」
「あぁ」
「よかった…」

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