第14章 喪失
もがく優姫の頭上に一層低く、冷たい旦那様の声が降る。
『お前を逃がした橘には死んでもらう。』
『……え?』
旦那様の顔を見る。
冷たい目……
まるで物を見るように優姫を見ている。
『この西園寺家の家老でありながら使用人を逃がすなど、愚かなことをしたな、橘よ。下らん情に絆されおって……』
後ろに控えた橘さんを振り返り旦那様が続ける。
『儂が許さないことも判っていただろう。償いは死罪のみ。』
『ええ、存じております。』
いつも通りの静かな橘さんの声……
死罪って?
『飲め。』
旦那様が小さな薬瓶を橘さんに渡す。
それは何?
『やめて、やめてください!!私のせいで橘さんが死ぬなんてダメです!!やめてっ……』
薬瓶を受け取った橘さんがやっぱり穏やかに私の顔を見つめている。
『何でもします……っ私がっ……死にます……だから、橘さんはダメです!!』
やめて、やめて、やめて!!
少し前に男共に身体をどうにかされるかもと愚かにも絶望的な気持ちになった自分が許せない。
この身体を差し出すことなど何でもない。
今この瞬間にもこんな事態を引き起こした自分を優しく愛しげに見つめてくれる橘さんの命の代わりになるのなら、何と容易なことだろう。
そんな瞳で見ないで……
お前が死ねと言って……
お前のせいで死ななければならないと罵って、憎んで……