第14章 喪失
ドカッと鳩尾に爪先が刺さるような蹴りを入れられて胃の中身が逆流する。
ゲェゲェと吐くのを止められない。
『今度橘に助けを求めたら、橘もここには居られなくしてやるぜ?いいのか?』
『そんな、こと……出来ないですよ。橘さんはこの屋敷の家老なんっ……ですから……』
吐き気と痛みに耐えながら睨み返す。
髪の毛を捕まれて顔を覗きこむ若様はさも面白そうに笑っている。
『お前、色ボケの親父がいずれ妾にしようとして拾ったんだろ?確かに将来いい女になりそうな顔立ちだよな。傷が残るような痛め付けかたはしねぇよ。俺がヤバくなっちまうからな。』
『めかけ……?』
『お前が育ったらお前にやらしいことをしてガキでも産ませる気だってことだよ。』
『そんなっ……』
『橘が幼女趣味で夜な夜なお前にやらしいことを教え込んでるって親父に言ってみたらどうなるかな?自分が手を出す前に家老にこけにされたんじゃ、さすがに橘もヤバいだろ?』
『そんなでたらめっ!橘さんは幼女趣味なんかじゃっ!』
『でたらめかどうかは親父が判断するさ。貴族は何よりも体面を気にするんだよ。世間への噂になる前にお前も、橘も処分されて終わりだ。』
ゲラゲラと気が狂ったように笑う若様を見ながら、自分の血液がどんどん下がっていくのを感じる。
指先が冷たい。
貧血を起こしているのだろう。
ぐらぐらと目眩がする。
『橘さんには何もしないで下さい。お願いします。』
喉がカラカラに渇いていたけど何とかそれだけは言葉にした。
虚な意識の中でゆっくりと頭を下げた。
床に擦り付けるようにして、溢れる涙を見られないように頭を下げ続けた。